Nujabes – 世界で愛され続けるLo-Fiヒップホップのゴッドファーザーを徹底解説!

Nujabes – 世界で愛され続けるLo-Fiヒップホップのゴッドファーザーを徹底解説!

2010年2月26日。―その日はあまりにも突然にやって来ました。

日本にとどまらず世界中の音楽ファンの心を揺さぶった一人のアーティストが、不慮の事故により36歳という若さでこの世を去ります。

そのアーティストの名はNujabes(ヌジャベス)。

のちにアメリカの音楽プロデューサー・J Dilla(ジェイ・ディラ)と並び、Lo-Fiヒップホップのゴッドファーザーと異名をとることになる日本のトラックメイカー/音楽プロデューサーです。

彼の突然の悲報は、世界中の音楽ファンに強い衝撃と大きな喪失感をもたらしました。

サンプリングソースをチョップするトラックが主流だった時代に、その対流を行くメロディアスなループ感を主張したトラックを展開。その全く新しい流麗なビートは、2004年放送ののアニメ「サムライチャンプルー」の劇伴により海外から絶大な支持を得ることになるのです。

それは”ヒップホップをほかの音楽ジャンルと同レベルにしたい“と言い続けたNujabesの大きなターニングポイントとなりました。彼の紡ぎだすトラックは「ジャジー・ヒップホップ」と呼ばれ、一つのムーヴメントとして世界の音楽シーンを縦断します。

今回は次世代カルチャーの礎となりながらも若くしてこの世を去った稀代のトラックメイカー・Nujabesの大きな軌跡を辿ります。

Nujabes/ 経歴


出生名:山田淳
アーティスト名:瀬場淳(セバ ジュン)→Nujabes(ヌジャベス)
出身地:東京都港区西麻布
生年月日:1974年2月7日(享年36歳)
活動歴:1995年-2010年

Nujabesという名前は、かつてのペンネーム”瀬葉淳”のローマ字表記、”SEBAJUN”を反対に読んだことが由来です。

本人の幼少時代や育った環境に関する情報はほとんど見当たりません。しかしアルバムの共同制作者であるA&Rの竹内方和は生前のNujabesをこう振り返っています。

“いつも自分は弱者だと語っていた。若いころに辛い思いをたくさんしてきたんだと思う”。

Nujabesが紡ぎだす音楽はメロウネスで、どこか哀愁やサウダージが漂っています。そこには孤独や苦しみを抱える人たちに向けてのメロディの共感があったのかもしれません。不思議と遠い記憶の底にアクセスしているような懐かしさを感じます。

Hydeout Productionsというレーベルを運営

まだデザイン学校の学生だったNujabesは選曲家でDJの橋本徹と出会い、彼が編集するカルチャー雑誌Suburbia Suite(サバービア・スイート)」にライター・瀬葉淳として寄稿。学校卒業と前後して、レコードコレクターの聖地・渋谷の宇田川町にGuinness Records(ギネス・レコード)」をオープンします。

トラックメイカーとして活動を始め1999年には自身のレーベル「Hydeout Productions」を設立。次々に12インチシングルをリリースしていきますが、Nujabesのサンプリングのネタ選びは独特でした。

橋本徹曰く”メロウなソウルミュージックとスピリチュアルなジャズ”を取りいれた楽曲は、チルアウトをテーマにしたそれまでにないヒップホップ。のちにジャジー・ヒップホップと呼ばれ、まさにLo-Fiヒップホップの流れを創り出すことになるのです。

アニメ「サムライチャンプルー」のサウンド制作

2004年に放送されたアニメシリーズ「サムライチャンプルー」でサントラ制作のオファーを受けます。作者の渡辺信一郎監督は”音楽と映像が50:50で競い合うような作品にしたかった”と語る通り、NujabesやThe Force Of Nature、SHAKKAZOMBIE(シャカゾンビ)のTSUTCHIEなどカリスマ的トラックメイカーやDJを起用しました。

Shing02をフューチャーしたOP「battlecry」は、Nujabes自ら希望し制作された楽曲です。また、MINMIが唄うED「四季の唄」もプロデュースとして関わるなど精力的な創作活動を展開します。

時代劇とヒップホップがクロスオーバーした「サムライチャンプルー」は、海外より大きな反響を得ることに。独自の叙情性を孕んだメロディアスなNujabesのサウンドは世界中の音楽ファンから絶賛され、オファーが殺到する日本のヒップホップ・プロデューサーへと一気に躍進していきました。

MEMO


当時のNujabesは国籍を明かさず活動しており、情報も少なかったため国内外の音楽関係者は本人が日本人であることを知らずオファーしていました。

haruka nakamuraとのコラボ「Lamp feat.Nujabes」

Nujabesとの出会いにより、音楽家としての道すじを照らされたという青森出身のピアニスト・haruka nakamura。ギターで曲を作りMySpaceにアップしていた頃、Nujabesから「最高のギターを弾いてください」という一言のメッセージが届きます。その後セッションを重ねるなかで、Nujabesはharuka nakamuraの自分らしさが表現されたピアノプレイに注目するのです。

しかし、15年間離れていたピアノにもう一度向き合うきっかけをくれたNujabesとの共同制作の時間は、彼の突然の死により停止。haruka nakamuraは音楽と向き合うことすらできないほどの悲しみと喪失感に苛まれることになります。

その後自分の音楽をもう一度見つめなおしたharuka nakamuraは、Nujabesとのコラボレーションを基にしたアルバム「MELODIKA」を2013年9月に発表。本アルバムはNujabesの意志を引き継いだHydeout ProductionsのメンバーやUyama Hirotoらと制作されました。

その代表曲「Lamp feat.Nujabes」。MVではNujabesと過ごした鎌倉のスタジオやNujabesが遺したフルートを胸に携えて夕暮れの海辺を歩くharuka nakamuraが映し出されています。

孤独の中で音楽と向き合っていた20代前半の頃から、Nujabesを敬愛し憧れ続けたharuka nakamura。その思いのすべてが詰まった美しい旋律と映像に胸が打たれます。

MEMO


2020年、Nujabes没後10年の2月26日に渋谷のスクランブル交差点でNujabesの音楽が鳴り響きました。彼を追悼する音楽と共にスクリーンに映し出された映像は、haruka nakamuraとの共作「Lamp feat.Nujabes」のMVでした。

世界的アスリートや人気ユーチューバーの熱狂的ファンも

Nujabesの唯一無二のサウンドは、世代を超えて現在も愛され続けています。

世界的プロテニスプレイヤーの錦織圭選手はNujabesの音楽を”テニス人生にはなくてはならないもの”と公言するほど彼のファンであり、2016年には自ら選曲したNujabesのコンプレーションアルバム「Kei Nishikori meets Nujabes」を発表します。

テニスは孤独との闘い。錦織選手も試合前にNujabesを聴き気持ちを整えて試合に挑んでいたのでしょうか。もっとたくさんの人にNujabesの音楽に触れてほしいと制作された本アルバム。錦織選手にとってのNujabesが息を吹きかけたような、温かで優美な1枚です。

また、人気ユーチューバーのヒカキンもNujabesの大ファンであることを公言しています。

2010年のNujabes急逝後、ヒカキンはこのような言葉を自身のブログで綴っています。

彼の曲は基本短いループで構成されているにも関わらず、全く飽きず、
むしろ魅了され、その世界に引きずり込んでくれる。
聴いていて気持ちいいし、なんだか安らげる。
今聴くと、涙があふれそうになります。
彼はいなくても、彼の思いの詰まった音楽がある。

辛いときを支えてくれる音楽は、自分が年を重ねてもずっと心に寄り添い続けてくれるもの。ヒカキンのNujabesに対する切実な思いがひしひしと伝わるメッセージに胸が熱くなります。

Nujabes/生前のアルバム

2018年、Spotifyにおいて「海外で最も再生された日本人アーティスト」で第3位を獲得したNujabes。この世を去って長い時間を経ても、彼のサウンドは世界中で求められているんですね。

Metaphorical Music

2003年リリースのNujabes初のソロアルバム。それまで12インチシングルを中心に類まれなる音楽的才能を発揮してきたNujabesが盟友Uyama HirotoやShing02、ジャジーヒップホップの中心的存在Five Deezなどをフューチャーした楽曲や、独自の美意識とメロウネスが余すことなく納められた渾身の1枚です。

とくに幼少期の原風景がテーマの「Kumomi」は、家族と訪れた西伊豆の雲見での美しい思い出を音に紡いだ郷愁感漂うトラック。Nujabes独自のメロディアスなサウンドが心の奥底に隠れた記憶を呼び起こしてくれるようです。

Modal Soul

Nujabesの2ndアルバム「Modal Soul」は2005年8月にリリースされ、収録曲「refletion eternal」は心象風景的比喩音楽と言われるNujabesの代表曲となります。

「reflection eternal」とは直訳すると”永遠の反映”ですが、Nujabesは”現在の自己の存在は先人達の反映である”という意味を持たせています。この曲のサンプリング元はピアニストで作曲家・巨勢典子の楽曲「I Miss You」。2000年代に入り積極的にアンビエントやニューエイジを自身の楽曲に取り入れていきました。

その中で本作「Modal Soul」はジャズファンク的なグルーヴを感じるトラックが独立した表情を持って織り交ぜられ、アルバム全体に”先人達の反映である”というテーマを根づかせているように聴こえます。

Nujabesが生前に残した2枚目にして最後のアルバム「Modal Soul」。ジャジーヒップホップの名盤として次世代に大きな影響を与えました。

Nujabes/没後にリリースされたアルバム

Spiritual State

2011年12月、Nujabes未完の傑作である3rdアルバム「Spiritual Stateが主催していたレーベル・Hydeout Productionsよりリリースされます。

盟友Uyama Hirotoを中心としてHydeout Productionsのメンバーが、Nujabesが全身全霊をかけて紡いだ魂の音色を繋ぎ合わせ完成させたレーベル最後のアルバムです。トラックにはNujabesの楽曲を彩ってきた2人のMC・Pase RockとSubstantialをはじめ、共に「Lamp feat.Nujabes」などの名曲を残したピアニスト・haruka nakamuraもアコースティックギターで参加。まだまだ新しいビートを共に生み出したかったであろう共演者が集結しています。

メロウでスピリチュアル、Nujabesサウンドの集大成とでもいうべき慈愛に満ちた光景を映し出す優しい音像。

完成を待たずこの世を去ったNujabesが、”桃源郷の入り口”に導いてくれているかのような温かみと神秘性を感じさせる音の結晶にいつまでも身を委ねていたくなります。

Luv(sic)Hexalogy

2015年、NujabesとShing02による音楽の女神に宛てた手紙」をテーマにした「Luv(sic)」シリーズが12年の歳月をかけて遂に完成します。2000年にNujabesの声掛けによって実現したShing02とのコラボ「Luv(sic)」シリーズ。Part1からPart3以降、Part4からGrand Finaleまでの三部作は新たな物語を描いて制作される予定でした。

NujabesのビートにフューチャーされるShing02の「音楽の女神に宛てた手紙」。リリックの”Lovesick like a dog~”という一節から引用したタイトル「Luv(sic)」は”Lovesick”のスペルを変えたものです。”僕は犬みたいに恋を患っている”という歌いだしと、新聞の(原文ママ)という意味を持つ(sic)をかけて“ひねくれた形の愛だけどもそのままストレートに理解してほしい”という思いを含ませたとShing02は語っています。

Nujabes亡き後、Shing02が”出会いから別れを経て再会する新しい物語”を紡ぎだした本作。バトルラップ的な要素にこだわり続けていたShing02がシンプルなポエトリーを意識して表現している様が胸に迫ってきます。NujabesとベストパートナーであったShing02最後の共演「Luv(sic)Hexalogy」はファン待望の不朽の名作となりました。

没後11周年 haruka nakamura 「Nujabes PRAY Reflections」

かつてNujabesが主催したレーベルHydeout Productionsは、彼の魂と共に現在も引き継がれ、haruka nakamuraに「時が止まったままの10年を進めて欲しい」とトリビュートアルバムの制作を依頼します。

Nujabesがこの世を去って長い時間を経ても世界中で彼の音楽を求め続けるリスナーが増え続けるなか、2021年12月、トリビュートアルバム「Nujabes PRAY Reflections」はリリースされました。

Nujabesが残した美しく慈愛に満ちた旋律を、haruka nakamuraが奏でるピアノとギターを基調に紡ぎだした新たな二人の共作。Nujabesが愛した鎌倉の海岸を想起させる美しいジャケットの装丁にも心惹かれる、祈りのような作品です。

おわりに

没後10年余りが経っても、世界中で希求され続けるNujabesの音楽。ヒップホップリスナーだけにとどまらず音楽を愛する者すべての心に響く彼のビートは、時代が変わっても新たなリスナーを生み出し続けていくでしょう。

生前、プロモーション活動は一切せずサウンドだけで音楽シーンと向き合い続けたNujabes。

そのストイックな魂は消えることなく灯台のように聴く者の心を照らし続けてくれます。

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