石崎ひゅーい:リアリティを追求するシンガーソングライター 経歴やプロフィールは…?

石崎ひゅーいは、日本のシンガーソングライターです。

彼の作り出す歌にはリアリティとファンタジックな要素が詰め込まれており、自身の感情を膨らませて描かれた世界観は、普通とは少し違った角度から表現されています。

また、音楽だけでなく俳優としての顔もあり、菅田将暉、小松菜奈、蒼井優といった俳優とも共演。

今回、地道な活動を続けながら、現在の音楽業界を変えていきたいと野心を抱くシンガーソングライター石崎ひゅーいのプロフィールや経歴、音楽性について紹介していきます。

石崎ひゅーいを知りたい、改めて振り返りたいという人はぜひご覧ください。

石崎ひゅーい


https://www.ishizakihuwie.com/

石崎ひゅーいのプロフィール・略歴

茨城県水戸市出身の石崎ひゅーいは、学生時代からのバンド経験を経て、2012年にエピックレコードジャパンからデビューを果たしました。

シンガーソングライターとしての活動の他に俳優としても活躍しています。生年月日は1984年3月7日。血液型はA型。ちなみに石崎ひゅーいの『ひゅーい』は本名です。

この名前は母親が命名したそうで、野球漫画『巨人の星』の登場人物・星飛雄馬(ほしひゅうま)とシンガーソングライターのDavid Bowie(デヴィッド・ボウイ)の息子Zowie Bowie(ゾウイ・ボウイ)を組み合わせたものであるとのこと。

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名前に関しては嫌なことはなかったそうですが、学校の先生にすぐ覚えられるので悪いことをして「あいつか!」とすぐにバレること。お店のポイントカードを作る際には「本名を書いてください」と言われることが多々あったそうです。

幼少時はSPEEDシャ乱Qなど、当時のJ-POP世代を代表する曲を中心に音楽と触れ合っていたそうです。また、母親の影響もあってデヴィッド・ボウイTom Waits(トム・ウェイツ)といった洋楽にも触れていました。しかし、その時は自分がシンガーソングライターとして活動することは考えていなかったようです。

転機となったのが中学校3年生の頃で、友人の誘いでHi-STANDARDのコピーバンドのヴォーカルをやらされて、プロを志すようになったようです。もしその友人の誘いがなかったら、アーティストとしての石崎さんはいなかったのかもしれませんね。

プロを目標に活動を始めた石崎さんは、高校生の頃にはオリジナル曲を作っていたようです。しかし、それほど多く作ることはなく、当時組んでいたバンドメンバーに任せることが大半だったとのこと。

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この時のオリジナル曲は『ヒストリー・オブ・ガンジー』というタイトルで、歌詞は「彼の名前はガンジー」「インド生まれ」といった自己紹介ソングになってしまったようです。本人は別にガンジーが好きではなく、民族系のミクスチャーが流行っていたために作ったと語っています。

この時のバンドというのは中学3年生の頃に誘ってもらったバンドで、そのバンドは高校を卒業するまで続きました。しかし、大学進学などもあり、石崎さん本人も日本語を中心とした歌詞を歌いたいという理由から解散してしまいます。

石崎さんも和光大学へと進学を果たし、音楽方面では2004年の10月に新たなスタートとしてロックバンド『astrcoast』を結成します。

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バンドを組んだ石崎さんですが、その活動は売れていないこともあり、今後の音楽性に関して煮詰まっていた時期が多々あったそうです。

その活動中、横浜市のライブハウスで音楽プロデューサーを務める須藤晃さんと出会ったことで、石崎さんの道は大きく変化することになります。

この須藤さんはなんと尾崎豊玉置浩二といった大物アーティストを見出した人物でもあり、プロデュース作品には『I LOVE YOU』『卒業』『15の夜』といった有名曲を手掛けた人物でもあります。

そんな大物プロデューサーに出会った石崎さんは、須藤さんの後押しもあって2010年にバンドを解散。シンガーソングライターに転身し、その2年後の2012年7月25日、エピックレコードジャパンからミニアルバム『第三惑星交響曲』をリリースしてメジャーデビューを果たしました。

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石崎さんは自分自身にあまり自信を持てないタイプであると公言していますが、須藤さんの存在はそんな自分に自信を植え付けてくれる存在であると評価しており、須藤さんがいなければ今の僕はいないのではないか、と述べていました。

その後の活動では2015年に『劇団鹿殺し』のロックオペラ『彼女の起源』で客演主演を務め、初の演技へ挑戦しました。このことがきっかけとなり、シンガーソングライターとしてだけではなく、俳優としての活躍も見せるようになります。

楽曲のリリースは2020年時点でシングルが10作(配信含む)、アルバムは7作(ミニアルバム)と、それほど多くはありませんが、コンスタントに曲作りを行っています。

石崎ひゅーいの音楽性


https://www.sonymusic.co.jp/artist/ishizakihuwie

母への想い、溜まる感情を歌にする

普段の楽曲はどのような時に生まれるのか。それはアーティストによって実に様々です。

石崎さんは自分自身はそれほど作ろうと思って曲を作ることはないそうです。シンガーソングライターとしては珍しい部類かもしれませんね。

では、石崎さんはどのようにして曲を作っているのか。

多くのアーティストは曲を作る際に、なんらかのテーマを決めて曲を作るかと思います。しかし、石崎さんはテーマを決めず、自分の中に少しずつ溜まっていく感情を歌にしているとのことです。

それがどのようなタイミングで生まれるのか、きっかけなどに関しては本人も自覚はしていないようで、楽曲のリリース数が他のアーティストに比べて少ないのは、これも要因のひとつかもしれません。

溜まった感情から生まれた言葉を膨らませていくことで曲になっていくのだとか。そして、そういった感情が芽生えるのは、身近な人を喜ばせることにあるとも語っています。

喧嘩した友人、別れた彼女なども含まれますが、その中でも一際強く想うのは母親の存在だそうです。誰よりも身近にいた母親という存在、それが石崎さんの曲作りの原動力となっています。

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ちなみに石崎さんの母親は、デビューする4年ほど前にお亡くなりになったそうです。ミニアルバム『第三惑星交響曲』は、そんな母親を喜ばせるために、母親が好きそうな曲を書いたとのこと。

石崎さんの書く歌詞にはリアルで生々しく、そこにファンタジックな要素を含んだ曲が多くあります。妙に人間らしくあるのは、作られた感情ではなく、実際に感じたことをそのまま歌にしているからでしょう。

また、母親の影響も強くあり、石崎さんの母親は天体観測を趣味にしていたようで、そのため家には複数の天体望遠鏡が並んでいたそうです。家の壁には星のシールなども貼ってあり、幼少期の石崎さんは母親のことを宇宙人ではないか、と思ったそうです。

しかし、それだけ強烈なインパクトを残す母親だったので、歌詞を書くと自然とファンタジックな要素が盛り込まれてしまうとのこと。やはり石崎さんにとって母親とはそれだけ特別な存在だということがにじみ出ていますね。

人を救おうとは思わない

元気ソングという、その曲調や歌詞で勇気や元気を与えてくれる曲があると思います。

「辛いけれど頑張っていこう」「涙を拭いて笑顔でいこう」

そういった励ますような歌詞が並ぶことが多いと思いますが、石崎さんはこういった元気ソングは歌わないそうです。

というのも、石崎さんは歌で人を救おうとは思っていないからです。そこには石崎さんなりの理由がありました。

石崎さんは、歌で励ますのではなく、歌で寄り添うことに重きを置いていると語っています。本当に辛い時に「頑張れ」なんて励ましの言葉はかけられないそうです。

多くの人が衝撃を受けた『東日本大震災』。茨城県に住んでいた石崎さんも、震災の恐ろしさを目の当たりにしたひとりでした。

実際に目で見たからこそ、簡単な言葉をかけることはできない。石崎さんは震災を通してそう感じたそうです。

ミニアルバム『第三惑星交響曲』の中には、その震災の想いが込められた歌があります。『3329人』『人間図鑑』です。

まず『3329人』は、震災後の5月の自殺者数がタイトルとなっています。この自殺者数は前年よりも多く、震災の被害で家族や友人を亡くした人が絶望の淵に立たされた影響もあるとのことです。

石崎さんはこの時にどんな言葉もかけれないと感じたそうで、自分には寄り添うことしかできないと、その感情を歌にしています。

続いて『人間図鑑』も、石崎さんは大きく考えさせられた曲であると語っています。

みんなと向き合う中で自分も弱ってしまった。震災の被害を直接受けた人にどう歌えばいいのだろうか、と。

そんな精神的にも暗い時期を過ごした石崎さんの想いが込められた曲となっています。

ただ言葉を並べるだけじゃ駄目なんだ。石崎さんのリアリティ溢れる音楽性を垣間見た気がします。

アイドルの独占市場に風穴を開けたい

石崎さんは、「どのようなアーティストになりたいか」というインタビューで、「100万枚売れるアーティストになりたい」と語っていました。

それを目標とするのは、昔の音楽と今の音楽に違いがあるからだそうです。

石崎さんの語る昔の音楽とは90年代頃を指しており、アーティストと観客の距離感が非常に近かったと語っています。しかし、それは実際の距離の話ではなく、音楽への関心を示す距離だと言います。

石崎さんの感じる現在の音楽業界は、アイドルなどの独占市場という印象が強いようです。全てを否定するわけではないが、昔の音楽には握手券や特典がなくても多くの人が音楽と触れ合っていた。

そして気づけば音楽への関心を示す距離が遠くなり、アーティストに触れられる距離だけが縮まるようになった。石崎さんは、そういった音楽シーンを変えていきたいと述べています。

自分の中に歌を向けていき、自分を掘り下げ続けていく。そういう中でいい曲が作れるようになれば、自然と観客に突き刺さるような歌を作れるかもしれないと、石崎さんは大きな野心を抱いています。

それが今後の活動にどのような影響を与えるのか、ファンであれば気になるところですね。

石崎ひゅーいはリアルを追求していく

以上、石崎ひゅーいさんの紹介でした。

リアルでファンタジックな印象が強い石崎さんの歌は、幼少期の母親との記憶や、実際に体験したことが元となっています。

歌を作りたくなるほどの感情を募らせるためには様々なことに触れる必要があります。そういった意味では、石崎さんが俳優としても活動を続けるのにはわけがあるのかもしれません。

今後、溜め込んだ感情がどのような歌を生み出すのか、気になるところですね。石崎さんの活躍にぜひ期待しましょう。

それでは、ここまでご覧いただきありがとうございます。

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