ゴールデンカムイ – 最終章突入!凄腕狙撃手、尾形百之助とは?ネタバレ徹底解説!

『ゴールデンカムイ』アニメ情報

制作スタジオ

『ゴールデンカムイ』は2021年現在、第三期の樺太編まで放映されています。制作スタジオはジェノスタジオ。

第一期オープニング・エンディングテーマ

第一期のオープニングテーマはMAN WITH A MISSIONによる「Winding Road」、エンディングテーマはTHE SIXTH LIEによる「Hibana」。

第二期オープニング・エンディングテーマ

第二期オープニングテーマはさユり&MY FIRST STORYによる「レイメイ」、エンディングテーマはeastern youthによる「時計台の鐘」。

第三期オープニング・エンディングテーマ

第三期オープニングテーマはFOMAREによる「Grey」、エンディングテーマはTHE SIXTH LIEによる「融雪」。

『ゴールデンカムイ』尾形百之助とは?

尾形百之助の初登場回

尾形百之助の初登場は原作一巻、アニメは第一期二話。この時は杉元を包囲する第七師団の一人の扱い(即ちモブ)ですぐ退場します。時系列的にはなんと白石より前に登場している最古参です。

五巻で再登場した際には坊主頭から髪が伸び、ダンディズム溢れるオールバックにヘアチェンジしています。作者の画力の向上ぶりにも目を疑いますね。

両頬の縫い傷は杉元に負わされた大怪我の痕で、山猫のヒゲに見立てたチャームポイントになっています。何かとオールバックを撫で付けるのが癖です。

髪型を変えた理由は作者曰く「解放感」とのこと。

尾形百之助のプロフィール

尾形百之助は帝国陸軍北海道第七師団歩兵第27聯隊に所属する極めて優秀な狙撃手。階級は上等兵。年齢は杉元より上、白石より下です。

狙撃の腕前は群を抜いており、有効射程距離500メートルと言われた三十年式歩兵銃で2キロ先の標的に命中させます。本人曰く「300メートル以内なら確実に敵の頭を撃ち抜ける」そうです。

なお彼が狙撃の天才なのは、幼少時にともに暮らした猟師の祖父の仕込みによるものと推察されます。

第七師団を率いる情報将校・鶴見一派ではありますが、後に登場する鯉登や宇佐美のように彼のカリスマ性に心酔しているわけではなく、当初から懐疑的な見方をしていました。

そんな尾形をさし、鶴見は以下のごとく述べています。

「腹の底を見せない」

人たらしの鶴見を警戒し、その手駒に落ちるのを是とせず、隙あらば裏切ろうと企んでいた尾形。

利害さえ一致すれば杉元や土方一派とも手を組みますが、片や長い間旅を共にした仲間も平気で裏切る狡猾で冷酷な男です。

作中では時折不敵な微笑みを見せますが、基本的にポーカーフェイスで感情を表に出しません。
反面プライドが高い自信家で、「ヤマシギを撃ち落とすのは難しいからやめておけ」と注意された際はむきになって仕留めて得意がっていました。
皮肉屋な一面もあり、杉元の無鉄砲ぶりを度々からかっています。

狙撃手の特性によるものか銃に対するこだわりは一際強く、温泉に入浴中もそばにおくなど用心深さは筋金入り。銃を雑に扱って壊した杉元やまんまと盗まれた白石を侮蔑するあたり、狙撃手として独自の美学を持っているのでしょうね。

特筆すべきはそのサイコパスな人格。ネタバレになりますが、尾形は異母兄と両親を手にかけた壮絶な過去を秘めています。
しかし身内を殺した際も罪悪感は一切抱かず、そんな自分の異常性を自覚しています。

公式が付けたキャッチコピーは「孤高の山猫スナイパー」。これは後述する蔑称とスナイパーを題材にした映画「山猫は眠らない」をもじったもの。

『ゴールデンカムイ』書店購入特典ブックカバーでは、並み居る人気キャラクターをさしおいて「やまねこのきもち」が採用されました。貴重なセクシーショットが拝めるのでファンなら買って損はありません。

なお利害優先で陣営を変える日和見ぶりからコウモリ野郎とも呼ばれています。好物はあんこう鍋だそうです。

尾形百之助の生い立ち

尾形は元第七師団長・花沢幸次郎中将とその妾である浅草芸者の間に生まれます。

花沢中将の正妻が男児を授かった為、尾形は幼くして母方の祖父母が住む茨城の田舎に逼塞しました。

赤子の頃に母ともども捨てられた尾形ですが、自称バアチャン子であり、祖父母との仲はまずまず良好だった模様です。

しかし花沢中将に捨てられた母は心を病み、彼の好物のあんこう鍋を作っては帰りを待ち続けるようになりました。

最初は母が作るあんこう鍋を素直に喜んでいた幼少期の尾形も次第に異変を察し、祖父の銃で鳥を撃ち、これで鍋を作ってほしいと頼みます。

されど母はあんこう鍋を作るのをやめず、最終的に尾形が殺鼠剤を盛って殺害しました。

哀れな母を見るに耐えかねたのでしょうか?

あるいは母の無理心中の計画に気付き、先回りしたのかもしれません。幼い息子など眼中になく、自分を捨てた男の幻を追い続ける母に振り返ってほしい一心だったとも解釈できます。

成長した尾形は上京、陸軍に入隊します。同じ第七師団に配属された花沢勇作少尉は異母弟にあたり、彼を「兄様」と慕っていました。

「一人っ子育ちなのでずっと兄が欲しかったのです」

人を疑うことを知らない勇作の屈託なさは尾形の劣等感を刺激し、自分とは対照的に両親に愛され育った異母弟への反感を育てていきます。

当時の尾形は「山猫の子は山猫」と言われ、第七師団内でも孤立していました。山猫は芸者の隠語で、即ち「芸者の子は芸者」と揶揄されていたわけです。

軍隊の規律が緩むと渋る尾形を兄様と呼んで憚らない勇作。尾形は表面上は物分かり良い兄を演じ、勇作を汚そうと画策します。

しかし軍の士気を上げる旗手として童貞たれと定められた勇作を芸者遊びに誘い、「童貞を捨てても言わなければわからない」と唆すものの、きっぱり断られてしまいました。

日露戦争では勇作とともに二〇三高地に出征。

ロシアの捕虜の殺害を仕向けたりどうにか弟を引きずり下ろそうとしますが、やはり勇作は承知しません。

遂に尾形は勇作に対し「人を殺しても何も感じない欠落」を告白しました。すると勇作は涙ながらに尾形を抱擁して言いきります。

「兄様はけしてそんな人じゃない きっと分かる日が来ます 人を殺して罪悪感を微塵も感じない人間がこの世にいて良いはずがないのです」 

このセリフは既に母を殺めた尾形の存在を全否定するものでした。

翌日尾形は勇作を後方から射殺。帰国後は鶴見中尉の指令を受け、第七師団長の実父を自刃に見せかけて葬りました。

その際、尾形は末期の父に語りかけています。

「少しでも母に対する愛情が残っていれば、父上は葬式に来てくれるだろう」

「母は最後に愛した人に会えるだろう」

「でも、あなたは来なかった」

「少尉殿に対する妬みで殺したわけじゃありません。父上を苦しませたい……というのとも、ちょっと違う。ただひとつ確かめてみたかった。勇作さんの戦死を聞いた時……父上は俺を想ったのか……無視し続けた妾の息子である俺が、急に愛おしくなったのではないかと……」

「祝福された道が俺にもあったのか……」

父の最期に実母と異母弟を殺めた罪を告白したものの、花沢中将は「貴様の言うとおり何かが欠けた人間、出来損ないの倅じゃ。呪われろ」と唾棄するにとどまりました。

母と父、そして異母弟までも手にかけた尾形。本当の自分を見てもらえない鬱屈と虚無は、どれほどの絶望を生み出したのでしょうか。

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