Cocco(こっこ)音楽・絵本・小説で異彩を放つ孤高の女性アーティストの魅力とは…?

Cocco(こっこ)音楽・絵本・小説で異彩を放つ孤高の女性アーティストの魅力とは…?

2020年9月4日公開予定の映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』の主題歌をプロデュースする形で自身初の楽曲提供に挑戦し、話題沸騰中の女性アーティスト「Cocco」(こっこ)。

シンガーソングライターとして自身の歌う曲の制作にも携わっているほか、その独特な感性を活かし、絵本や小説の執筆活動も展開する多才ぶりを発揮しています。

今回は、そんなCoccoのプロフィールや経歴、魅力、おすすめ楽曲まで徹底解説していきたいと思います。

Coccoとは?

プロフィール


活動名義:Cocco(コッコ)
本名:真喜志智子(まきしさとこ)
愛称:コッキー、あっちゃん、姫、コウ
生年月日:1977年1月19日
出身地:沖縄県那覇市
血液型:O型

シンガーソングライター・女優・絵本作家・エッセイスト・小説家として、幅広い舞台で活躍中の「Cocco」。

1996年に「Cocko」名義で大手CDショップチェーン・TOWER RECORDSより日米両国からインディーズデビューし、翌年には現在の「Cocco」名義に改名して1stシングル「カウントダウン」でメジャーデビュー。

その後、発表したアルバムの一作ではミリオンセラーを記録したこともある実力者ですが、2001年4月に突如活動休止を宣言して地元・沖縄に帰郷します。

沖縄では絵本制作をメインに表現活動を継続していましたが、2006年になると本格的に歌手活動を再始動

今日までにかけて単行本の出版や他アーティストへの楽曲提供等、自身初挑戦のことに挑み続けている個性派アーティストです。

活動名義「Cocco」の由来

「Cocco」という活動名義の由来は、以下の2説が有力だと言われています。

  • 大学時代に教授からメソポタミア文明の最盛期に“自由の女神”を意味する言葉として名付けてもらったという説。
  • 本名の“智子(さとこ)”が上手く発音出来ず、自身を“こっこ”と呼んでいたことが由来という説。

経歴

高校生時代に歌に興味を持つ

Coccoが歌に興味を持ったのは、高校生の時

同級生の誘いに乗って文化祭で即席バンドのボーカルを務めた際、人生で初めて“人前で歌う経験”をしたことがきっかけでした。

それまでは踊ることが大好きで音楽とは無縁の生活を送っていたので、作詞・作曲はもとより楽器演奏すら出来なかったそうです。

新人歌手発掘オーディションに参加

高校卒業後には東京で大好きなバレエを続けていきたいと考えていたCoccoは、その資金集めのために自身の姉から勧められた新人歌手発掘オーディションの受験を決意します。

しかし、オーディション当日の面接では“本当にやりたいのはバレエであり、上京するための費用が欲しかっただけ”である事実をきっぱりと言い放ってしまい、案の定落選。

後に、先述した高校の文化祭で即席バンドのボーカルを務めたことが話題を呼び、ライブハウスで同バンドの解散ライブを行うことになった旨を耳にしたレコード会社の担当者が、Coccoへ歌手になる誘いをかけるために沖縄までやってきます。

しかし、その場でも高校卒業後には“バレリーナになるために上京”する意思を告げた彼女。
相手には「お腹がすいたらご飯でも御馳走する」と言われますが、当時は連絡する気は毛頭なかったそうです。

歌手になる決意を固める

宣言通り、上京したCoccoはバレリーナになる夢を叶えようと多数のオーディションに参加。

いずれも落選ばかりでお腹を空かせていた際、高校在学時に沖縄まで来てくれた担当者のことを思い出した彼女は再び相手と連絡を取り始め、週に1回だけご飯を食べさせてもらう関係を築き始めます。

そんなことを繰り返しているうちに、自然に歌手としてデビューすることが決定していたそうです。

歌手としてメジャーデビュー

1996年には元々の名義「Cocko」としてインディーズデビューを果たし、その翌年に現在の「Cocco」名義に改名してデビューシングル「カウントダウン」でSPEEDSTAR RECORDSよりメジャーデビュー。

同年5月、1stアルバム『ブーゲンビリア』を発表したかと思うと翌年5月にも続く2ndアルバム『クムイウタ』をリリースし、同アルバムではミリオンセラーを記録します。

MEMO

『クムイウタ』は琉球の方言で、“子守り唄”の意。


同アルバムは、B’zの稲葉浩志さんからお気に入りのアルバムの一つに挙げられました。

その後も定期的にシングルをリリースしながら精力的な音楽活動を展開していきます。

突然の音楽活動休止を発表

2001年4月には通算11枚目のシングル「焼け野が原」、通算4作目のアルバム『サングローズ』をリリース。

その後、突然の歌手活動休止を発表すると同月中に放送されたテレビ朝日系『ミュージックステーション』への出演を最後に音楽界から姿を消します。

同番組では先述した「焼け野が原」を強烈な歌声で熱唱し、視聴者から大きな反響を呼びました。

沖縄で音楽以外の活動に専念

2002年、出身地・沖縄に帰郷したCoccoは、現地で絵本作家としておよそ1年半ぶりの活動を開始します。

作家デビュー作は『南の島の星の砂』
島・海の生き物たちと星の砂を巡る沖縄に関連した彼女ならではのストーリーは、子供たちの間で大好評を博しました。

MEMO

当時の絵本を描きながら“踊りたい時に踊れて歌いたい時に歌える”生活は、自身にとって非常に快適だったそうです。

歌うことに対する欲求を抱く

しかし、ある時海を散歩していて“ゴミ”の多さが目につき、自ら清掃活動をスタートした際に「自身が有名歌手としてゴミ拾いを呼びかければ、沢山の人が協力してくれるのではないか」という結論に至ったというCocco。

次第に歩いている時や鉛筆を握っている時、何をしていても気付いたら自分が歌っていることに気づき、初めて歌うことへの欲求を抱き始めたといいます。

今までのようにただ鼻歌を歌っているだけなく、レコーディングを通して“形”として残したいという意思が芽生えたそうです。

歌手活動を徐々に再開

Coccoが久々の歌手活動を再開したのは、故・尾崎豊さんの13回忌である2004年

MEMO

彼のトリビュート・アルバム『“BLUE” A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI』に「ダンスホース」のカバーで参加します。

同年、ロックバンド「くるり」のボーカルを務める岸田繫さん等とバンド「SINGER SONGER」を結成し、翌年5月にはシングルとアルバムを発表。

自身のシングルで本格的に再始動

2006年2月、前作からおよそ5年ぶりのシングル「音速パンチ」をリリースすると共に本格的に歌手活動を再始動したCocco。

早速、同年の終戦記念日にあたる8月15日に「Cocco沖縄ゴミゼロ大作戦ワンマンライブスペシャル2006」を宜野湾海浜公園屋外劇場で開催します。

MEMO

“終戦記念日にまずは足元のゴミを拾うことにより、改めて戦争や平和について考えて欲しい”という旨のメッセージを呼びかけたMCは、日本中のファンの間で話題になりました。

同ライブは有料放送番組を提供するWOWOWで生中継されましたが、これまでライブの映像化を嫌ってきたCoccoがそれを許した背景には“日本人皆へ呼びかけたい”という強い意志があったと受け取れるのではないでしょうか。

イギリスで写真を学ぶ

2007年7月に通算6作目のアルバム『きらきら』をリリースした後は、イギリスに渡って現地の大学で写真を学び始めます。

翌月に出版した写真エッセイ『想い事。』は、単行本としては異例の5万部を突破するベストセラーに。

音楽活動の方でも、その翌月に沖縄限定でリリースした通算14枚目のシングル「ジュゴンの見える丘」が発売直後に1万枚を売り上げる好スタート。
オリコン全国シングルチャートでは初登場36位にランクインする大ヒットぶりを見せ、結果的には全国発売が決定しました。

11月21日からは、先述した『想い事。』の出版記念として東京・ペンタックスフォーラムで同作と同名の写真展を開催し、こちらも絶賛の声が相次ぎます。

初主演映画・舞台が好評を受ける

インディーズデビューから15年目を迎えた記念すべき2011年9月には、初主演を務めた映画『KOTOKO』が「第68回 ヴェネツィア国際映画祭」で“斬新な作品”に与えられるオリゾンティ部門最高賞を受賞します。

2014年1月からは「OFFICE SHIKA(劇団鹿殺し)」とのコラボレーションで実現した舞台『ジルゼの事情』で舞台初主演も果たしたCocco。

初演が絶賛されたことがきっかけで同年9月からは規模を拡大し、サンシャイン劇場で再演されました。

5年ぶりの全国ツアーと20周年記念ライブ

2016年8月24日には、通算9作目のアルバム『アダンバレエ』をリリース。

9月からおよそ1か月間に渡り、同アルバムを携えた自身5年ぶりの全国ツアー「Cocco Live Tour 2016 “Adan Ballet”」を開催します。

MEMO

10月には、公式サイトを通じて翌年のメジャーデビュー20周年当日である3月21日に向け、アニバーサリープロジェクト「Cocco20」を開始することを発表。

同プロジェクトの第3弾企画として7月12・14日の2日間日本武道館で開催された「Cocco 20周年記念 Special Live at 日本武道館 2days ~一の巻×二の巻~」では、それぞれの日程で異なるサポートメンバーを中心とした構成で20周年という記念すべき日を祝うと共に、ファンへの感謝を込めた豪華なステージが披露されて大好評を博しました。

アパレルブランドの立ち上げ

2018年7月7日には、国内生産のオリジナルデザインのアイテムを展開するアパレルブランド「Composition-a」を立ち上げます。

元々好きだったグッズデザインの延長戦でスタートしたことだったといい、同月16日にメジャーデビュー21周年を記念して発売したコットン・リネンを基に作ったドレスは即完売する好評ぶりを見せました。

MEMO

同ドレスの売上は、ブランドを立ち上げた頃に西日本を襲った豪雨被害のチャリティーに全額寄付されたそうです。

様々な手段を用いた表現者ならではのニューアルバムを完成

2019年10月2日、前作からおよそ3年ぶりにリリースされた『スターシャンク』は記念すべき通算10作目のニューアルバムとなりました。

MEMO

タイトルに含まれる「シャンク」とは、アクセサリー作りにおける“繋ぐ”の意。

Cocco自身がどうしても止めやれなかった歌を再び大勢の人に届けたいという気持ちから、“光を繋いで”皆で生きていけるよう願いを込めた一作に仕上がっているそうです。

デビューしてから歌手としてだけでなく、“いち表現者”として様々な表現方法を通して身につけた豊かな感性が活かされている彼女らしいタイトルだと感じます。

他アーティストへ初の楽曲提供

2020年7月には、同年9月4日に公開予定の映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』で主演女優・清原果那さんが歌う同作の主題歌「今とあの頃の僕ら」の作詞、作曲、プロデュースを手掛けることを発表。

Coccoが他のアーティストに楽曲提供するのは初のことであり、ファンの間に大きな衝撃を走らせました。

ストーリーをしっかり視聴したうえで紡ぎあげた歌詞には、“傷つけ傷つき、愛され愛を求め、そして愛を伝え続けていく生命活動”を懸命に繰り返しながらそれぞれの道を歩んでいくのだというメッセージが込められているそうです。

レコーディング時にCoccoから「歌は手段だから」と声をかけられたことが、自身の緊張を解いたと明かす清原さん。
最終的には、映画の主人公の気持ちに寄り添った透明感あふれる1曲が完成したといいます。

Coccoの魅力

様々な手段を用いる表現者

Coccoは歌うことに留まらず、絵本や小説、写真等、様々な手段を用いて表現するアーティスト。

どんな最終形態へと化しても彼女の持つ独特な世界観を感じ取れるのが、いずれの作品にも共通する大きな魅力です。

その類まれないないセンス、表現力が生まれたのは中学生の頃。

MEMO

当時から突然頭を坊主にしたり、腕を切ったりする等、同年代の子たちとは違う感性を持っていたそうです。

根底に秘めた精神の強さ

2009年8月に発売された雑誌「パピルス」内の特集で、自身が当時患っていた“拒食症”“自傷行為”について赤裸々に明かしていたCocco。

MEMO

同誌の表紙で見せた痛々しいまでのやせ細った体、その腕に刻まれた無数の傷跡には心を痛める読者が相次ぎました。

治療やカウンセリングの効果が見受けられない先に行き着いたのが、あえてファンに病気の事実をカミングアウトして“歌い続けること”だったのではないでしょうか。

大好きな歌に自身の気持ちのすべてを描写し、前向きに心を癒していこうとしたのだと思います。

人間は誰しも弱い部分を包み隠そうとするのが一般的と言われますが、その点をさらけ出すCoccoには心の根底に眠る強さのようなものを感じます。

伸びのある高音ボイス

Coccoの魅力を語るに外せないのが、持ち前のパワフルで透き通った歌声

特に、高音域を発する際の伸びの良さは見事なものです。
呟くような低音域に反し、ハリのある安定感抜群の歌声は聴いていて心地良い印象を受けます。

Coccoのおすすめ楽曲3選

①「強く儚い者たち」

1997年11月21日にリリースされた、通算2枚目のシングル。

MEMO

Coccoがこれまでリリースしたシングルでは最大の売り上げを記録し、世間的な認知度が高い曲です。

経緯は分かりませんが、歌詞中には命からがら美しい宝島に辿り着いた一人の男性が登場。

彼は愛する人を残して旅に出ましたが、島にいた魔性の女から誘惑の言葉をかけられ続けた後、最後は甘い罠にはまってしまうという内容の歌詞からは人間の持つ“強さ”“儚さ”が伝わってきます。

本曲の制作当時、Coccoはまだ20歳。
歌詞だけ見ると一見堂々としたメッセージを伝えているようですが、あえて強さを誇張することにより、自身の弱さを曲中に吐き出しているようにも思えます。

若いながらも芸能界の波にのまれてきた彼女だから完成した曲なのかもしれませんが、今後は現在のような“自身の弱さを乗り越え、いきいきした姿”の彼女のままで人生を歩んもらいたいと願うばかりです。

②「樹海の糸」

1999年4月14日にリリースされた、通算5枚目のシングル。

MEMO

オリコンシングルチャートでは、Cocco史上最高順位の3位にランクインしました。

絶対に結ばれることのない2人の間にある強い愛情を歌った歌詞に惹かれる女性が続出。
これまでのヒット曲の中でも特に女性人気が高い1曲となっています。

身を引くという表現を用いている一方、離れていくことへのためらいを垣間見せる切なげなフレーズが聴き手に共感を誘いかける印象。

本曲に登場する2人が、いつか結ばれる未来を思わず願ってしまいます。

③「Raining」

1998年3月21日にリリースされた、通算3枚目のシングル。

“大切な人の死”が題材となっている本曲は、かつて亡くなったCocco自身の祖父を想いながら制作されました。

“体の傷以上に痛いのが、心の傷”であることを表現した歌詞も彼女の自傷行為によって生まれたことが言われずとも伝わってきます。

美しい言葉を多用しつつ、苦しい過去の実体験に基づいたリアルな描写には心をギュッと掴まれるような深い悲しみを覚えます。

最後に…

以上、独特な感性を誇る女性アーティスト「Cocco」のプロフィールや経歴、魅力、おすすめ楽曲についてご紹介しました。

一般的な歌手のように、自身の届けたいメッセージを歌によって伝えることですら素晴らしいスキルだと思いますが、彼女のように様々な手段を通して表現活動を行うまでの才能は芸術の世界において非常に希少性の高いものなのではないでしょうか。

自身の弱さに負けてしまいそうだった時期を乗り越え、獲得した強さを武器に前進し続けるCoccoがこれから先の未来にどんな音楽を生み出してくれるのかも非常に楽しみです!

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