目次
過去にNBAで活躍した日本人選手
ここからは、日本人として初めてNBAでプレーした田臥勇太、パリオリンピックで日本代表チームをけん引した渡邊雄太の経歴やプレースタイルを紹介します。
田臥勇太(宇都宮ブレックス)
・氏名:田臥勇太(たぶせゆうた)
・生年月日(年齢):1980年10月5日(44歳)
・身長:173cm
・体重:77kg
・ポジション:PG
プレースタイル
田臥選手は、スピードとパスセンスが持ち味のポイントガードです。
卓越したハンドリングスキルと視野の広さを活かした味方を活かすプレーを得意としています。
小柄ながらも果敢にドライブを仕掛け、相手ディフェンスを翻弄するプレーは、多くのファンを魅了しています。
NBA入りまでの経歴
田臥選手は、能代工業高校で3年連続、高校3大タイトル(高校総体、国体、全国高校選抜)を制覇し、史上初となる9冠を達成。
卒業後、アメリカのブリガムヤング大学ハワイ校に留学し、本場のバスケットボールを学びました。
2002年に大学を中退後、トヨタ自動車アルバルクに入団し、社会人リーグで新人王を獲得しています。
2003年からは、NBA入りを目指し、サマーリーグへの参加やABA(アメリカ・独立リーグ)でのプレーなど、アピールを続けました。
その結果、2004年にフェニックス・サンズと契約し、日本人初のNBAプレイヤーとなったのです。
渡邊雄太(千葉ジェッツふなばし)
https://www.youtube.com/watch?v=sODb-a-AFys
・氏名:渡邊雄太(わたなべゆうた)
・生年月日(年齢):1994年10月13日(30歳)
・身長:206cm
・体重:98kg
・ポジション:SF/PF
プレースタイル
https://www.youtube.com/watch?v=tu4zDfgg9xY
渡邊選手は206cmを誇る長身と高い身体能力を活かしたプレーを武器にしています。
ディフェンスでは、豊富な運動量で相手選手を抑え込む守備が持ち味です。
一方、オフェンスでは、3ポイントシュートやカットイン、アウトサイドのプレーにいたるまで、幅広いプレーを得意としています。
ハードワークを徹底する献身的な姿勢が評価され、6シーズンにわたりNBAで活躍しました。
NBA入りまでの経歴
渡邊選手は、尽誠学園高校でウィンターカップに出場。
その後、アメリカのジョージ・ワシントン大学へ進学すると、ダイヤモンドヘッド・クラシックで優勝を果たすなど、実績を残しました。
大学卒業後、ブルックリン・ネッツの一員として、サマーリーグに出場。
そこでの活躍が認められ、2018年にメンフィス・グリズリーズとツーウェイ契約を結んだのです。
この契約は田臥勇太に次ぐ日本人選手2人目のNBA契約となり、大きな話題となりました。
日本人選手が直面するNBAの高い壁
ここからは、日本人選手が直面するNBAの高い壁について解説します。
日本人選手がNBAで活躍するためには、どのような障壁を乗り越える必要があるのでしょうか。
NBAデビューまでの険しい道のり
NBAでプレーするためには、ドラフト指名を受けるか、サマーリーグやGリーグでの競争を勝ち抜いて契約を勝ち取らなければなりません。
結果を出し続ける実力や強靭な精神力、タフな肉体が求められるでしょう。
体格のハンデ
身長が大きなアドバンテージとなるバスケットボールにおいて、日本人は体格のハンデを克服する必要があります。
NBAの平均身長は198cmで、最も俊敏な動きが求められるポイントガードですら、平均身長は191cmもあるのです。
現在活躍中の河村選手は、172cmという身長で20cmも身長が高い選手を相手に戦っているのです。
言語のハンデ
NBAはアメリカを拠点とするリーグであるため、英語でのコミュニケーション能力が必須です。
試合中や練習でのコミュニケーションも英語なので、英語を話せないと細かなプレーの確認などに支障をきたす恐れがあります。
このように、日本人選手にとって言語の壁は大きな課題となるのです。
さいごに
この記事では、NBAという世界最高峰の舞台で活躍している日本人選手たちの軌跡を振り返りました。
田臥勇太が切り開いた道は、後に続く日本人選手たちの道しるべとなり、現在へとつながっています。
また、彼らの挑戦は、日本のバスケットボールのレベルを押し上げ、次世代の選手たちに大きな希望を与えているのです。
今後も日本人選手の活躍から目が離せません。
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