藤本タツキの読みきり『ルックバック』は何がすごい?構成上の仕掛けや魅力を徹底解説!

藤本タツキの読みきり『ルックバック』は何がすごい?構成上の仕掛けや魅力を徹底解説!

藤本タツキの大作読みきり『ルックバック』のすごさとは?魅力を徹底解説!

2021年7月19日に公開されて以降各界で大反響を読んでいるジャンプ+の『ルックバック』

本作は『チェンソーマン』を先頃完結させた鬼才、藤本タツキによる143ページの大作読みきりです。
公開されると同時にTwitterの話題を席巻し、「藤本先生」「ルックバック」「チェンソーマン」がトレンド入りするなど快挙を果たしました。

本作は何故そこまで読者の心を掴んだのでしょうか?
今回は『ルックバック』のあらすじや魅力、オマージュと思われるシーンに言及しながらその魅力に迫っていきます。ぜひご覧ください。

『ルックバック』のあらすじ

井の中の蛙が天才を知る

『ルックバック』は田舎に住む小学四年生の少女・藤野が描いた学校新聞の四コマ漫画から幕を開けます。

人より絵が上手い事を鼻にかけていた藤野は、ある日担任から学校新聞の連載枠を不登校の同級生・京本に分けてほしいと頼まれます。

これに対し藤野は「ちゃんとした絵を描くのってシロウトには難しいですよ?学校にも来れない軟弱者に漫画が描けますかねェ?」と嘲弄。実に根性がひん曲がっています。

ところがいざ掲載された漫画を読み、藤野は絶句。京本が描いた写実的な背景の絵は、とても小4とは思えない上手さでパースも完璧。この時点で既に非凡さを発揮しています。

藤野と京本の漫画を見比べた男子は、「京本の絵と比べると藤野の絵ってフツーだな」と彼女の地雷を踏み抜きました。

負けず嫌いな藤野はこの悔しさをバネに、打倒京本を誓って画力向上に励みます。

藤野の修行の日々、そして卒業

雨の日も風の日も雪の日も、一年通してひたすら漫画の練習を費やす藤野を家族は心配し、友人たちは徐々に離れて行きました。

そして小6の夏、教室で絵の練習をしていた藤野は友達に言われます。

「中学で絵描いてたらさ オタクだと思われてキモがられちゃうよ?」

追い討ちをかけられるように姉に親の本音を伝えられ、翌日の学校では京本との一向に縮まらない実力差を見せ付けられ、遂に藤野は筆を折りました。

以降藤野はこれまでの分を取り戻すように友達と遊び、空手道場に通い、家族と映画を見て過ごします。

季節は巡って春。小学校の卒業式を迎えた藤野は、京本に卒業証書を届けてくれるように担任に頼まれ、渋々彼女の家に向かいました。

そこで藤野が目撃したのは所狭しと積み上げられた使用済みスケッチブックの山。

自分は努力していたと思っていた、しかし京本は倍の倍努力をしていた……完璧な敗北を味わった藤野は、スケッチブックの上に放置された白紙の四コマ原稿を手に取り、部屋にひきこもり続ける彼女にあてた漫画を描きます。

ドアの隙間から原稿用紙を滑り込ませ、卒業証書を置いて去る藤野を、京本が必死の形相で追いかけてきて叫びました。

「私っ藤野先生のファンです!!サインください!!」

京本は小4の時に初めて藤野の四コマを読んだ時から彼女のファンで、京本が描いた漫画のタイトルや掲載日まで暗記していたのです。

絶対かなわないと諦めた相手が自分の一番のファンだった……この衝撃的な事実が藤野の人生を変えます。

漫画を描くのを辞めた理由を問われた藤野は、「もっとすごい賞に応募するため」と嘘を吐き、京本はひたすらすごいすごいと褒めそやしました。

藤野と京本、タッグを組んで漫画家の道へ。しかし……。

中学に上がった藤野は京本を背景アシスタントに任命、二人三脚で漫画の執筆に打ち込んで賞に応募します。

中学生でデビューを果たして以降は順調に読みきりを発表し続け、高校生の頃に編集部から連載を打診されるものの、京本は美大進学を決め、藤野のアシスタントを下りたいと発言。

この先ずっと一緒に漫画を描いてくれると信じていた藤野は当相棒の裏切りにショックを受け、京本に絶交を言い渡します。

以降も藤野は一人で漫画を描き続けるのですが、2016年1月10日に舞い込んだ衝撃的なニュースが二人の道を完全に分かちました。

『ルックバック』のここがすごい!

藤野と京本を足すと藤本、二人の名前の意味

『ルックバック』の主人公は藤野、彼女の相棒は京本。下の名前はどちらも明かされていません。藤野に関しては部屋に入ってきた姉は言うに及ばず、仲良しの友達すら「藤野ちゃん」で通す徹底ぶり。

これにはもちろん意味があります。

藤野と京本を足すと藤本、即ち『ルックバック』の作者・藤本タツキのペンネームになります。

天才との実力差にもがき苦しむ自惚れが強い主人公にわざわざ藤野と付けたのは、藤本タツキの分身だからです。

藤野が藤本タツキの投影だとする根拠は他にも存在します。

高校時代に初連載を持った藤野はその後も順調に売れ続け、単行本は11巻を数え、遂にはアニメ化が決定。

藤本タツキは前作『ファイアパンチ』こそ打ち切られてしまったものの、『チェンソーマン』で人気が爆発し、全11巻でめでたく第一部が完結。MAPPAによるアニメ化決定も記憶に新しいです。

藤本タツキが藤野の漫画家としての経歴を自分に寄せているのは偶然ではありません。

学校新聞の四コマで調子に乗り、ライバルに打ちのめされたのがきっかけで基礎から腕を磨く藤野の姿は藤本タツキの過去と共鳴しており、本作は優れた自伝作品としても読めます。

一方京本は何を意味するのでしょうか。

『ルックバック』の公開日は2021年7月19日。2年前、2019年の7月18日に京都アニメーション放火殺人事件が発生しました。

京都アニメーションに盗作されたと被害妄想を抱いた男性がスタジオに火を放ったこの事件は、合計36人の死者を出す大惨事となりました。

京本の京が京都アニメーションの京だとすれば、『ルックバック』は京都アニメーションの事件を風化させまいとする自戒、あるいは藤本タツキ流の鎮魂歌と解釈できないでしょうか。

『ルックバック』のタイトルにこめられた願い

タイトルのルックバック(Look Back)は振り返る、追憶する、背中を見るなどと訳される英語。

作中にて京本は藤野に憧れ、彼女の名前を背中に書いた半纏を部屋に吊るしていました。小3の段階で人間関係に挫折した京本にとって、藤野は永遠に追いかけ続けたい偉大な目標でした。

中盤以降、美大に進んだ京本の身に大きな悲劇が降りかかります。突如キャンパスに乗り込んできた精神疾患のある男に殺害されてしまうのです。

男の犯行動機は美大の絵から自分を馬鹿にする声が聞こえたというもので、京本自身とは面識はおろか接点すら持ち得ませんでした。

廊下で休憩中の京本に襲いかかった男は叫びます。

「ちげーよ!!俺のだろ!?元々オレのをパクったんだっただろ!?ほらな!!お前じゃんやっぱなあ!?」

上記の流れは京アニの事件を彷彿とさせませんか?

事件が起きた日の翌日に『ルックバック』を公開したのは、京アニの悲劇を忘却せず、常に「振り返れ」「追憶せよ」と促すクリエイターの魂の叫びかもしれませんね。

どんでん返しでどん底に突き落とされる、構成の巧みさ

以上は心情的な部分で感じる「すごさ」ですが、『ルックバック』は1本の漫画として見ても傑出しています。

ここで取り上げるのは中盤以降の凄まじい展開と騙しのテクニック。

「私が漫画を届けなかったら京本は死なずにすんだ」

事件後、自責の念に駆られた藤野は卒業式に描いた漫画を取り消したいと強く念じます。

京本宅訪問時に藤野が描いたのはひきこもり選手権に出場した自分たちの話でした。
うんともすんとも言わずドアを閉ざし続けて勝利を掴んだ京本ですが、最後のコマで既に死に、白骨化していたオチが付きます。

藤野は「いい加減出てこないとこうなっちゃうよ」とメッセージを含め、この四コマをドアに滑り込ませましたが、1コマ目では「出てこないで!!」とキャラクターが叫んでいるにすぎず、冒頭だけ切り取れば正反対の意味にとれます。

京本が美大に進んだ本当の理由は、もっと絵が上手くなって藤野を手伝いたいからでした。

卒業式の日の邂逅が実現しなければ、京本は美大に行かず、藤野は漫画家の道を断念したはずです。

故に藤野は自分が余計なことをしたから京本が部屋を出た、美大で起きた無差別殺人に巻き込まれたと苦悩し、葬儀後に彼女の部屋の前に立った際、昔描いた原稿の1コマ目だけを破り取ってドアに入れました。

その瞬間、時間軸が分岐します。

「出てこないで!!」と描かれた1コマ目は時を超えて小6の京本に届き、彼女は言われた通りにします。一方で小6の藤野は卒業証書を置いて帰り、漫画から遠ざかりました。

数年後、京本は美大に合格。

藤野の漫画を読んでも読まなくても、彼女と出会っても出会わなくても、「漫画が好き」「自分も描きたい」京本の気持ちは揺るがず、さらなる高みをめざして美大へ進んだのです。

そして運命の2016年7月16日、筋書き通りにあの事件が起きます。

ところが、京本は助かりました。彼女が殺害される直前、ランニング中の藤野が通りかかって犯人を撃退したのです。

命の恩人と憧れの漫画家がイコールだと知った京本が「どうして漫画をやめちゃったんですか」と聞けば、藤野はVサインで宣言。

「最近また描き始めたよ!連載できたらアシスタントなってね!」

京本は家に帰るなり藤野の四コマを貼り付けたスケッチブックを開きます。

さらに彼女が新作を描き下ろした原稿は風に吹き飛ばされてドアの隙間をくぐり、現実で膝を抱える藤野のもとに届きました。

過去が変わりました。
しかし藤野がいる世界の京本は生き返らず、時は流れ続けます。
上記はあくまでパラレルワールド(フィクション)の出来事にすぎず、現実(ノンフィクション)には干渉しません。

実に見事な持ち上げて落とす二段構成。

鬱展開→過去改変→ハッピーエンドと見せかけ、救いがたい現実は何も変わっていません。

藤野がいるこちら側では京本は死んだまま、藤野のもとに原稿だけが送り返されます。

デビュー以来藤本タツキはファンタジー要素を含む作品ばかりを手がけてきました。

『ファイアパンチ』も『チェンソーマン』も『予言のナユタ』も、特殊能力だの悪魔だの魔女だのファンタジー色を追加した世界観です。

対して『ルックバック』は、まさに今ここの現実世界が舞台。等身大のリアルを生きる少女の成長もの、青春ものの先入観を植え付けた上で中盤以降に風呂敷をひっくり返します。

青春漫画だと思って読んでいたらSF展開がぶちこまれ、行動の分岐によるパラレルワールドが発生するのです。

本作の憎い所は「藤野の漫画が1コマ目だけ届いた世界線」がパラレルワールドなのか、はたまた藤野の妄想か夢オチか明言されない点。

97ページから124ページまでが、藤野の見た夢だと言われたら否定できません。実際125ページで片膝を抱えた藤野は束の間の夢から覚めたようにも見えました。

解釈は読者に委ねられます。

97ページから124ページ。

計27ページ分の世界がノンフィクションかフィクションか、ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか、それを決めるのは私達です。過去は作者の手の内、未来は読者の手の中なのです。

パラレルワールドの京本が描いた原稿が届いたなら、それが別次元の証明になるというのは些か早計。何故なら京本が描いたまま、机上に放置していた原稿が飛ばされてきた可能性もあるからです。

実際京本の部屋の窓は開けっ放しで、カーテンが風に舞っている状態でした。

四コマの内容は京本を襲った暴漢を藤野がキックで倒すも、颯爽と去り行く藤野の背中には凶器が突き刺さっていた……というもの。

ただし日時や場所、詳細な状況が描写されているわけではないので、「京本が生前たまたま描いた四コマが偶然にも彼女の最期に似すぎていた」可能性もないとは言えません。

もっと邪推するなら、共同制作していた頃の藤野が京本の描いた四コマを何かのきっかけで見ており、無意識下の記憶をもとに現実逃避の妄想や夢を見たとも解釈できます。

藤本タツキは予め考察の余地を残して構成を組み、物語に幅と奥行きを持たせました。

フルスロットルで駆け抜けた『チェンソーマン』とも異なり、『ルックバック』の起承転結は周到に考え抜かれ、物語は切ない余韻を残しながらも綺麗な着地を決めます。

映画や音楽、ポップカルチャーのオマージュがすごい

藤本タツキは無類の映画マニアでサブカルに造詣が深く、『ルックバック』にも数多くの仕掛けを盛り込んでいます。

本作1ページ目、黒板左上に「Don’t」と書かれているのに注目。最終ページ左下の本には「in anger」とあり、タイトルを含めて 繋ぎ合わせると「Don’t Look Back in Anger」となります。

和訳は「怒りで過去を振り返ってはいけない」。

タイトルが真ん中に挟まれるのもちゃんと意味があります。126ページ、京本の部屋から送り返された原稿を拾って藤野が振り向くシーン。そう、まさに「振り返る」(ルックバック)ですね。

この時藤野は「京本を救えたIFの世界」と「京本を救えなかった現実の世界」を隔てるドアを振り返っており、冒頭と結末の中間地点に立っています。

ちなみに「Don’t Look Back in Anger」はイギリスマンチェスター出身のロックバンド、Oasisの名曲として知られています。

 

「彼女の心は離れて行く、でも怒りに変えちゃいけないって気付いたんだ」のフレーズが印象的なこの曲は、別れと喪失の痛み、それでも前を向く希望をしっとり唄い上げます。

さらに2017年5月22日にマンチェスターのコンサート会場で起きた自爆テロの追悼式典では、一人の女性が唄い出したのをきっかけに合唱が巻き起こる動画がSNSに拡散され感動を呼びました。

『ルックバック』好きにおすすめの漫画

『マイ・ブロークン・マリコ』平庫ワカ

ガサツで口の悪い会社員シイナが、父親や恋人の暴力で心を病んで自殺した親友マリコの遺骨を奪い逃避行する漫画。

『ルックバック』の藤野と京本を思わせるロマンシス(女性同士の相棒関係)描写が心に響きます。

『G戦場ヘヴンズドア』日本橋ナヲコ

人気漫画家の息子の高校生と天才編集者の息子の高校生。正反対の二人が時にバディを組み、ある時はライバルとして商業漫画の戦場で火花を散らします。
『ルックバック』にも通じる創作の苦しみや喜び、凡人の挫折が描かれて共感を呼びました。

『ブルーピリオド』山口つばさ

明るく要領よく何でもこなす人気者だが夢中になれるものがない高校生・八虎が、絵を描く楽しさに目覚めて変化していく漫画。
美術大学受験予備校を舞台に才能の衝突、苦悩や挫折を描く青春群像劇です。

『かくかくしかじか』東村アキコ

東村アキコの自伝的漫画。宮崎県の田舎に住む美大志望の高校生・アキコと、スパルタ式の画塾を営む日高先生の師弟関係を描きます。
漫画を描くことの苦しみや喜び、スランプによる挫折と再生までさらけだし描ききった覚悟は見事。

まとめ

以上、藤本タツキ『ルックバック』の魅力や小ネタ、『ルックバック』読者におすすめの漫画をご紹介しました。
ファンタジー要素を抜きにしても通用すると知らしめ、藤本タツキの新境地を切り開いた本作は、現在進行形で注目されています。
未読な方はジャンプ+で無料で読めるので、ぜひご覧ください。

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