斉藤和義:ベテランの風格で奏でるギターサウンド。経歴や魅力、おすすめ曲は…?

斉藤和義:ベテランの風格で奏でるギターサウンド。経歴や魅力、おすすめ曲は…?

斉藤和義(さいとうかずよし)は、1993年8月25日にシングル『僕の見たビートルズはTVの中』でデビュー。

ポンキッキーズの主題歌『歩いて帰ろう』で一躍注目を集め、『歌うたいのバラッド』『ウエディング・ソング』『ずっと好きだった』『やさしくなりたい』などの数々の名曲を生み出し、様々なアーティストやファンから愛されてきました。

表現の幅が広く、弾き語りからバンドスタイルまでもこなし、自らの音楽活動とは別で楽曲提供やプロデュースなども行ってきました。

デビューから25周年を達成した今も積極的な音楽活動を続けており、まだまだ衰えを知らないサウンドと歌声で活発さを見せつけています。

今回、そんな斉藤和義さんのデビューからこれまでの経歴をまとめて紹介します。そしてその音楽性の魅力やおすすめの楽曲を紹介していきますので、ぜひご覧ください。

斉藤和義(さいとうかずよし)


https://twitter.com/saitokazuyoshi

斉藤和義のプロフィール

斉藤和義のプロフィール

  • 本名:斉藤和義
  • 愛称:せっちゃん
  • 生年月日:1966年6月22日(かに座)
  • 出身地:栃木県下都賀郡壬生町
  • 血液型:O型

斉藤和義(さいとうかずよし)は、1966年6月22日生まれ、栃木県下都賀郡壬生町出身のシンガーソングライターです。

小学生の時にギターと出会い、それ以降音楽にのめり込むようになります。高校生時代にはヘヴィメタルグッズを原宿で買いあさり、その足でLOUDNESS(ラウドネス)のコンサートに通う日々を送っていました。

高校を卒業後に山梨学院大学へ通うも2年で中退。一時は地元に帰省するも、友人から「東京で一緒に音楽をやろう!」という一言で、単身上京を決意します。

その行動力が功を奏し、1992年のTBSオーディション番組『星期六我家的電視・三宅裕司の天下御免ね!』に出演して、5週連続で勝ち抜くという実力を見せつけました。

上記の活躍から1993年にデビューを果たし、「四畳半じゃ狭すぎる」というキャッチフレーズで話題を集めるようになります。

当時は関東圏を中心とした話題性のみでしたが、3rdシングル『君の顔が好きだ』が大阪を拠点とするラジオ放送FM802で採用されたことをきっかけに、関西圏でも知名度を得るようになります。

1994年には『歩いて帰ろう』が、フジテレビの子供向け番組『ポンキッキーズ』に採用されると一気に話題を集め、その翌年には一般女性と結婚するなど、仕事だけでなくプライベートでも充実しました。

以降の年は大きな話題性はなかったものの、2007年に発表した『ウエディング・ソング』が話題になったことで再ブレイクを果たしました。

2018年にはデビュー25周年を達成し、現在も精力的な活動を続けています。

斉藤和義の魅力と活躍


https://twitter.com/saitokazuyoshi

『僕の見たビートルズはTVの中』でデビュー

小学生の頃にギターと出会った斉藤さんは、後にハードロックやヘヴィメタルにハマるようになり、LOUDNESSのコピーバンドをするまでになりました。

大学を中退後に友人からの誘いで単身上京を果たし、デビュー前には渋谷公会堂の向かいに位置する『shibuya eggman(eggman)』でマンスリーライブを行い、日々精進を重ねていきました。

斉藤さんが活動していた当時は、eggmanでライブを行い、次に渋谷公会堂、最後に日本武道館での演奏というサクセスストーリーのような話があったそうです。

まだeggmanに通っていた頃の斉藤さんは、そのサクセスストーリーをなぞって早く渋谷公会堂で演奏したいと常に思っていたとのことです。

そんな斉藤さんは、1992年に放送されていたTBSのオーディション番組『星期六我家的電視・三宅裕司の天下御免ね!』に出演し、その活躍もあって翌年には『僕の見たビートルズはTVの中』でデビューを飾ります。

ちなみにこの番組は1991年10月5日から1992年9月26日までの放送だったため、もし斉藤さんがこの番組に出演することができなかったら、また違った未来があったのかもしれません。

その後はシングル『Rain Rain Rain』『君の顔が好きだ』をリリースし、1994年にリリースされた『歩いて帰ろう』は、フジテレビの子供向け番組『ポンキッキーズ』の主題歌に起用されます。

平成初期から放送され、同番組を観ていた人には印象深い曲かもしれません。これにより斉藤さんの名は一気に飛躍し、自身がデビュー前に目指していた渋谷公会堂でのパフォーマンスを行いました。

渋谷公会堂での公演を経て、CMソングやドラマ主題歌などを担当するようにもなり、1999年には初の日本武道館でのワンマンライブを達成し、斉藤さんの夢の1つが叶った瞬間となりました。

デビュー15周年に再ブレイク

デビュー前からライブハウスなどに通い地力を蓄えてきた斉藤さんの音楽スタイルは、実に多種多様なものです。

オープンなロックンロールを披露したかと思えば、涙を誘うロマンチックなバラードを弾き語り、多彩なスタイルでステージとファンを沸かせるタフなパフォーマンスを披露します。

1999年には初の日本武道館でのワンマンライブを成功させ、タイアップ曲なども手掛けるようになりました。

しかし、斉藤さん本人はテレビやCMに出ることはあまり出ることはなく、そのせいもあってか「曲は知っているんだけど、アーティスト名が思い出せない」という、曲が独り歩きしているような状態となってしまいました。

ですが、2007年に結婚情報誌『ゼクシィ』のCM用にサビ部分だけ作られた曲が、CMを観た視聴者から多くの問い合わせがありました。本来はCDをリリースする予定はなかったそうですが、視聴者から多くの声が届いていることもあり、タイトルを『ウェディング・ソング』とし、フルの曲を仕上げて急遽リリース。

これが多くの話題を集め、斉藤さんの存在感を再び世に見せつけて再ブレイクを果たしました。

斉藤さん自身の力量もあると思いますが、再ブレイク要因の1つとして、かつて『歩いて帰ろう』『歌うたいのバラッド』などの名曲を聴き育った著名人たちが、斉藤さん好きであることを公言したことも数えられるでしょう。

錦戸亮、成海璃子、竹中直人といった芸能人に限らず、桜井和寿、奥田民生、Puffy、トータス松本、スガシカオといったミュージシャン。さらには伊坂幸太郎、佐藤秀峰などの作家や漫画家たちからも支持を得ています。

その後の斉藤さんはテレビ番組などにも引っ張りだこになっています。しかし、こういった影響力のある人達までも魅了し、口々に斉藤さんの名前を挙げるというのはなかなかあることではありません。

斉藤さんがブレイク、ヒットをすることは必然ですらあるでしょう。

紅白初出場も「おめでとう」は違う?

2012年。デビュー20周年という節目を迎えた年に、斉藤さんはNHK紅白歌合戦に初出場を果たします。

再ブレイクとなった2007年を皮切りに、その後もヒット曲を連発。とくに資生堂のテレビCMとして書き下ろされた『ずっと好きだった』。そして、日本テレビのドラマ『家政婦のミタ』の主題歌となった『やさしくなりたい』は、世代関係なく注目を浴びました。

斉藤さんが初めて紅白に出場することが決まり、多くのファンや著名人から祝福の言葉が贈られます。しかし、斉藤さん自身は「紅白、おめでとう」という言葉に疑問を感じたそうです。

その疑問は、斉藤さんとさまぁ~ず(三村マサカズ、大竹一樹)がMCを務める音楽バラエティ番組『ドレミファさまぁ~ず♪』にて放送されました。

祝福に疑問を感じるという斉藤さんに対し、三村マサカズさんは「俺、うっかり言っちゃったよ!」と慌てている様子でした。

斉藤さんは「数ある音楽番組でなぜ紅白だけが祝福されるのかがわからない」と説明。この持論に対して三村さんは「確かになんで紅白だけなんだろうね? もう他の番組もおめでとうって言っちゃえばいいのに」と同じく共感したようです。

ただ、紅白出場が決まった際の発表会見では「今年は『ガキ使』が見られないな…」と、斉藤さんは零しています。そういった背景もあって「おめでとう」という祝福に疑問を感じたのかもしれません。

ルーツはビートルズ

斉藤さんは小学生の頃にギターと出会い、音楽の道を志すようになりました。ライブハウスに通い詰め、自身の地力を蓄えてデビューを果たしました。

そんな斉藤さんは自身のルーツをThe Beatles(ビートルズ)であると語っています。デビュー曲である『僕の見たビートルズはTVの中』は、まさにその象徴でしょう。

また、『ずっと好きだった』では、ビートルズの伝説の1つとして数えられる『ルーフトップ・コンサート』を模したミュージックビデオを披露。

続く『やさしくなりたい』では、1966年に行われた日本武道館公演をモチーフにしたものとなっており、様々な部分でビートルズをリスペクト、オマージュしているのがわかります。

2009年には伊坂幸太郎原作の小説『ゴールデンスランバー』の音楽監督に一任。その際にビートルズの『Golden Slumbers』をカバーを披露しています。

斉藤さんは、ビートルズの中でも『I Am the Walrus』が特に気に入っているようで、チャリティーコンサートの一環でもある『Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2006』に参加し、カバーを行いました。

2018年にデビューから25周年が経った斉藤さんは、今もなお一線で活躍を続けています。常に表舞台に経ち続けることに対して、斉藤さんは「ビートルズやストーンズが好きだから、自分も売れてなきゃいけない」と語っています。

ビートルズという基準が自分の中にあることが、斉藤さんにとって何よりの原動力となっているようです。

作家の伊坂幸太郎にも影響を与える

斉藤さんは音楽業界以外にも影響を与える人物です。

その代表的な例として伊坂幸太郎さんが挙げられます。

『ラッシュライフ』や『重力ピエロ』で話題となった伊坂さんは当時、会社勤めをしながら小説を書いていました。

そんなある日、通勤中に聴いた斉藤さんの『幸福な朝食 退屈な夕食』を聴いて、執筆活動に専念するために退職を決意したと語っています。

後に伊坂さんが書き下ろした短編小説『アイネクライネ』は、斉藤さんが作詞作曲して『ベリーベリーストロング 〜アイネクライネ〜』としてコラボレーションを果たします。

また、伊坂さんの短編小説『フィッシュストーリー』が映画化された際には、斉藤さんは劇中のパンクバンドとして『FISH STORY』を提供。また、エンディングテーマ曲として『Summer Days』を提供しました。

2010年に公開された『ゴールデンスランバー』でも、斉藤さんは音楽を担当。原作タイトルの由来となったビートルズの『Golden Slumbers』のカバーを担当し、同映画のオープニングテーマ曲、劇中歌として使用されました。ちなみにエンディングテーマ曲には伊坂さんが作家として活動する決意をした『幸福な朝食 退屈な夕食』が新録されて使用されています。

また、2019年には『アイネクライネナハトムジーク』が映画化され、斉藤さんは劇中歌を担当し、主題歌として『小さな夜』を提供したことでも知られています。

大物アーティストとのつながり

斉藤さんはミュージシャン同士の交流も幅広く、たびたびコラボを繰り広げています。

奥田民生とは特に親交が深く、たびたびライブでセッションを行っています。

また、同世代のつながりでトータス松本、スガシカオ、吉井和哉とも共演を行っており、Mr.Childrenの桜井和寿『歌うたいのバラッド』をカバーするなど、斉藤さんをリスペクトする様子がうかがえます。

斉藤さん自身もそういった交流には積極的で、斉藤さんが敬愛する人物でもある忌野清志郎を中心としたつながりも多いようです。生前には共演をした斉藤さんは、『忌野清志郎 ロックンロールショー』『感謝の日』といったライブイベントにもたびたび参加。

それ以外でもクロマニヨンズ(甲本ヒロト、真島昌利)との対バンや、ドラマー中村達也とユニット『MANNISH BOYS』を組んでいます。

多くのアーティストに愛されている。斉藤さんの力量がどれほどのものなのかがうかがえます。こうしたつながりが続いているからこそ、斉藤さんの人気はいまだ衰えないのかもしれません。

斉藤和義のおすすめ曲

歌うたいのバラッド


斉藤さんの代表曲として、多くのアーティストがカバーしている楽曲『歌うたいのバラッド』です。1997年にリリースされた曲ながら、その人気から2008年に『歌うたいのバラッド2008』として歌い直され、新たなミュージックビデオが制作されました。

同曲に関してミュージシャンのゆず「歌手として言いたいことをずばり言われちゃっている曲」と評しており、本来あまり楽曲の批評をしないタレントのタモリは、テレビ朝日『ミュージックステーション』において「最後のほうの歌詞なんか、うん、と思わせるような……あの言葉はよく出てくるんだけど、最後に出てくるとまったく違ったような意味になる」と語っています。

ずっと言えなかった言葉「愛してる」を歌に乗せたラブソングは、男性視点でも女性視点にも当てはめることができます。

「唄うことは難しいことじゃない」。だから正面切っては恥ずかしいから「愛してる」の言葉を歌にしようという気持ちがストレートに表現されています。

歩いて帰ろう


1994年にリリースされた『歩いて帰ろう』は、フジテレビの子供向け番組『ポンキッキーズ』の主題歌として起用されました。当時の子供たちにもこの曲が好きだという人が多く、斉藤さんの代表曲として広い世代から人気のあります。

時代が移り変わっても色あせがまったくなく、シンプルなテンポで語られる耳心地の良い歌です。忙しなく過ぎていく日常に埋もれないで、時にはマイペースでゆっくりと過ごしていこうじゃないかという前向きさがストレートに表現されており、非常に爽やかさを感じさせます。

ワンモアタイム


アニメ映画『名探偵コナン 絶海の探偵(プライベート・アイ)』の主題歌として起用され、2013年にリリースされました。

『ワンモアタイム』は、斉藤さん初のアニメタイアップ曲としても話題を呼び、楽曲を制作する際に「強い想いは叶う」ことをテーマにしたそうです。

できないこと、できなくなったことをやってみようという気持ちが込められており、そこには自分だけでなく『あなた』もいると強く歌われています。

ロックでありながらも心地よく、シンプルなフレーズが非常に聴きやすい歌です。

ずっと好きだった


資生堂のテレビCMとして書き下ろされた『ずっと好きだった』は2010年にリリースされました。

CMコンセプトの「よみがえれ、私。」に沿って、同窓会をテーマにした楽曲。久しぶりに再会した初恋の相手に対する想いが溢れんばかりの歌詞となっています。

「ずっと好きだった」「ホント好きだった」という言葉に続く一節は初恋の想いが強調されており、好きな人を前にして周りが見えなくなる瞬間を表しているようにも思えます。

キャッチーなメロディーは斉藤さんも念頭において制作したようです。

この曲には斉藤さんのビートルズに対するリスペクトも込められており、ミュージックビデオはビートルズが1969年に行った『ルーフトップ・コンサート』をモチーフにしたものとなっています。

また、ジャケット写真やテレビ番組出演などで弾き語りを行う際には、ジョン・レノンが愛用していたことでも知られるエピフォン・カジノのモデルでもあります。

ある意味、ビートルズに対するラブソングでもあるのかもしれません。

やさしくなりたい


視聴率40%を記録した日本テレビのドラマ『家政婦のミタ』の主題歌として起用された『やさしくなりたい』は2011年にリリースされ、『ずっと好きだった』に続いて斉藤さんの知名度がより広まった楽曲でもあります。

前作『ずっと好きだった』と同様に今回もビートルズのライブ公演をオマージュしたミュージックビデオを公開しており、ビートルズが1966年に日本武道館で行ったライブでの様子がピックアップされています。

ドラマの世界観にマッチしているように、斉藤さんはこの曲をドラマに沿って制作したことを明かしています。愛について深く語られている曲は、強さ、優しさ、情け深さが随所に込められており、曲とともに愛をじっくりと考えられる一曲です。

ウェディング・ソング


ゼクシィのCMとしてサビの部分だけが制作された『ウェディング・ソング』。リリースの予定はありませんでしたが、視聴者から多くの反響があり、2007年に急遽CD化されました。

ミュージックビデオにはギターを弾き語る斉藤さんとゼクシィのCMに出演した倉科カナが出演しています。

アコースティック・ギターで弾き語る歌詞には、幸せに対する疑問が歌われています。人はなぜ出会い、愛して、幸せを感じてなぜ泣くのだろう。結婚式の定番曲として人気を博した同曲ですが、結婚後の生活が当たり前となってしまった日々を送る人たちにも聴いてもらいたい一曲です。

じっくりと歌詞を汲み取りながら聴くことで心の隅々にまで行き渡り、染みる歌にぜひ身を委ねてみてください。

斉藤和義はこれからも歌い続ける

2018年にデビュー25周年を達成した斉藤さんは、今後も歳を重ねながら多くのファンを魅了する楽曲を歌い続けるでしょう。

長年活動してきただけあり、斉藤さんの聴かせる曲には不思議な力を感じます。メロディーに耳を傾けて、ぜひじっくりと聴いてみてください。

ここまでご覧いただきありがとうございます。

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