ジョン・レノン|【超詳細解説】ポピュラー音楽史における最重要アーティスト!

ジョン・レノン|【超詳細解説】ポピュラー音楽史における最重要アーティスト!

世界最高のロック・バンド、ザ・ビートルズ

ポピュラー音楽の歴史における最重要アーティストであり、誰もが一度は彼らの音楽を耳にしたことがあるはずです。

そのザ・ビートルズのリーダーが、今回紹介するジョン・レノン

作曲家として、ヴォーカリストとして、そしてカルチャー・アイコンとして音楽史上最大のカリスマとも言えるジョン・レノンの魅力を、この記事では紹介していきたいと思います。

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ジョン・レノンとは何者?

まずは彼の生涯を簡単に振り返っておきましょう。

1940年10月9日にイギリスの港町リヴァプールで生まれたジョンは、実母であるジュリアと暮らすことはなく、伯母夫婦のもとで育てられます。

1950年代にアメリカで空前絶後のブームを巻き起こしたロックンロールがラジオの電波に乗ってイギリスにもやってくると、ジョン少年はたちまちロックンロールの虜となります。

ジョンは学友達と「ザ・クオリーメン」というバンドを結成し、ミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせます。

クオリーメンでの活動の中で、ポール・マッカートニージョージ・ハリスンと友人になり、彼らもクオリーメンに加入。ザ・ビートルズの原型が出来上がります。

1962年にはザ・ビートルズとしてレコード・デビューを果たしますが、奇しくも同年、ジョンはシンシア・パウエルと結婚しています。翌年には第一子となるジュリアンが誕生。

ザ・ビートルズでの彼の功績はもはや語るまでもないでしょう。世界的なロック・バンドとして人気を集め、卓越した才能で様々な革新的作品を発表しました。

1960年代中盤にはサイケデリック・ロックの流行に伴いロック・シーンにもたらされた東洋思想に傾倒し、その時期に前衛芸術家であるオノ・ヨーコと出会います。

彼女の思想に多大な影響を受けたジョンは、ヨーコに心酔していくようになります。1968年にはシンシアと離婚し、翌1969年にオノ・ヨーコと結婚。

1960年代末にはジョンの関心はザ・ビートルズではなくヨーコとの創作活動や社会的運動に向かうようになり、マネージャーのブライアン・エプスタインの死やザ・ビートルズの設立したアップル社の経営不振、バンド間の不和といった様々な理由が合わさり、ザ・ビートルズは1970年に解散してしまいます。

ザ・ビートルズ解散後はソロ・アーティストとして活動し、社会的なメッセージ性を強く打ち出した作品を発表するようになります。

しかし1975年にヨーコとの間に誕生したショーンの育児に専念するため、音楽活動を休止

その後、1980年に音楽活動の再開を発表し、新作の録音に取り組んでいました。

しかし同年12月8日、自宅「ダコタ・ハウス」の前でファンを名乗るマーク・チャップマンという人物の銃撃にあい、亡くなってしまいます。享年40歳でした。

ザ・ビートルズ時代の名曲

ここからはジョン・レノンの残した音楽について。

まずはザ・ビートルズでの8年間にバンド名義で発表した楽曲を見ていきましょう。

さて、ザ・ビートルズの楽曲の大半の作曲には「レノン=マッカートニー」とクレジットされています。

言うまでもなくこれはジョン・レノンとポール・マッカートニーの連名のことですが、全ての楽曲が2人の共作という訳ではなく、実際にはジョン単独、あるいはポール単独の作曲のケースも多くあります。

ここでは、ジョンが単独で作曲したとされている名曲を厳選して5つピックアップしていきます。

①『ヘルプ!』(1965)

まずはバンドの5枚目のアルバム『ヘルプ!』(1965)の1曲目にしてタイトル・ナンバーの『ヘルプ!』

日本では「開運!なんでも鑑定団」のオープニングとしてもお馴染みです。

非常に楽しげでキャッチーなこの楽曲ですが、その作曲は実に非凡

主旋律を時に追いかけ、時に追い越して挿入されるコーラス・ワークはとても斬新です。

とりわけ初期のザ・ビートルズはそのハーモニーが魅力ですが、主旋律とあえてずらすことでその存在感を引き立たせるアイデアは見事。

また、この曲ではアイドル的人気に辟易したジョンの「助けてくれ」という心の声が歌われ、アーティスト個人の心情を歌うロックの先駆けとしても高く評価すべき1曲です。

②『涙の乗車券』(1965)

続いてもアルバム『ヘルプ!』より、『涙の乗車券』。原題は“Ticket To Ride”です。

ジョンはこの曲を評して「最も初期のヘヴィ・メタル」としていますが、この言葉が示す通りこれまでのビートルズにはないハードなサウンドが特徴の楽曲。

特筆すべきはリンゴ・スターのドラムで、シンコペーションという技法を全面的に取り入れた「食った」リズム・パターンがこの曲に独特の質感を与えています。

当然メロディは素晴らしく、初期ビートルズの特徴であるジョンとポールとのハーモニーも楽しめる楽曲ですが、こうしたアレンジの部分に彼らが単なるアイドルではないことを垣間見ることができます。

③『ノルウェーの森』(1965)

3曲目はアルバム『ラバー・ソウル』(1965)より、『ノルウェーの森』

日本を代表する小説家、村上春樹の作品のタイトルに引用されたことでも有名なナンバーです。

先ほど紹介した『ヘルプ!』からわずか1年後の楽曲ですが、明るいロックンロールだったあちらと比べてこの曲の思索的なムードはジョン・レノンの音楽性の変化を捉えるにはうってつけ。

インドの民族楽器、シタールをポップスに取り入れた最初期の例としても高く評価されていますが、やはりこの楽曲は侘しいそのメロディに注目すべき。

行きずりの女性との一夜を歌うそのヴォーカルは非常に気だるげで、楽曲中盤のポール・マッカートニーとのハーモニーの妙も光っています。

④『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』(1967)

音楽評論の世界ではしばしば「ザ・ビートルズの最高傑作」の1つに位置付けられることもあるのが、この『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』

1960年代中盤に流行したサイケデリック・ロックという、退廃的でドラッグの影響を受けたジャンルの導入が見られる楽曲です。

「ストロベリー・フィールズ」というのはジョン・レノンが幼少期に遊んだ孤児院の名前で、彼の幼少期の思い出をテーマにしています。

この楽曲を語る上で外せないエピソードが、「テンポもキーも全く違う2つのトラックをつなぎ合わせて完成させた」というもの。

2回目のサビ、

Let me take you down, cause I’m going to strawberry fields

一緒に行こう、ストロベリー・フィールズに行くところなんだ

(『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』より引用(訳は筆者による))

の「going」と「to」の間、ここを注意深く聴くとドラムのサウンドがかなり変化しているのがお分かりいただけるかと思います。

この曲の幻想的なムードは、普通ではあり得ないジョンのこのアイデアによって生み出されているのです。

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⑤『カム・トゥゲザー』(1969)

最後にご紹介するのは、ザ・ビートルズの実質的なラスト・アルバム『アビー・ロード』(1969)の冒頭に収められた『カム・トゥゲザー』

ジョンが敬愛したロックンロールを独自のセンスで再解釈したこのナンバーは、ロックンロールの伝説的アーティスト、チャック・ベリーの楽曲の盗作疑惑が浮上したことでも知られています。

しかしこの楽曲の不気味なムードは、ジョン・レノンにしか表現できない、彼の真骨頂と言うことができるでしょう。

実際多くのアーティストにカバーされたロックのスタンダード・ナンバーの1つでもあり、アメリカを代表するハード・ロック・バンドであるエアロスミスや、「キング・オブ・ポップ」ことマイケル・ジャクソンのヴァージョンも有名です。

ソロ時代の名曲

ザ・ビートルズの中心人物として数々の名曲を世に放ったジョン・レノンですが、バンド解散後のソロ・キャリアにおいてもその才能は健在。

実験的で難解な作品もいくつか発表していることは事実ですが、普遍的な魅力とキャッチーさを持った名曲も数多く発表しています。

ここからは、ソロ・アーティスト、ジョン・レノンの魅力を知ることのできる5曲を紹介していきましょう。

①『平和を我等に』(1969)

実はザ・ビートルズの解散直前、1969年からジョンはソロ活動を開始させていますが、ソロ・キャリア最初期の名曲がこの『平和を我等に』

まだザ・ビートルズが存続していたからか、この楽曲の作曲クレジットは先ほどお話しした「レノン=マッカートニー」名義となっていますが、実際にはジョンとヨーコの共作です。

1969年というと長期化するベトナム戦争への抗議運動が全米で展開されていた時期ですが、タイトルが雄弁に語るようにこの楽曲は戦争への反対と平和の希求を訴えたメッセージ・ソング。

ジョン・レノンに「愛と平和」のイメージが強いのは、この楽曲に代表される彼のメッセージ性の影響でしょう。

とはいえ楽曲自体は楽しげで、深刻に戦争の悲惨さを訴えるというよりは、祝祭的なおおらかさで人々の心を動かす平和讃歌と言えます。

②『ゴッド』(1970)

ザ・ビートルズ解散後初となるソロ・アルバム、その名も『ジョンの魂』(1970)に収録されたこの『ゴッド』はジョン・レノンという人物を象徴する1曲です。

ドラッグの問題や親友でもありかつてのバンドメイトのポール・マッカートニーとの確執母のいない少年時代を送った心の傷、そうした彼の精神の内面が繊細に描き出されています。

その衝撃的な歌い出し

God is a concept by which we measure our pain

神とは、僕らの痛みを測るための概念

(『ゴッド』より引用(訳は筆者による))

も印象的ですし、楽曲後半、彼があらゆるものへの不信を露わにする展開はショッキングですらあります。

聖書にキリスト、エルヴィス・プレスリーにボブ・ディラン、果てはザ・ビートルズまでもを信じないと歌い、「僕が信じるのは自分とヨーコだけ」と主張するのはジョン・レノンにしかできない魂の叫びです。

③『イマジン』(1971)

ジョン・レノンが生涯で発表した全楽曲のうち、おそらく最も有名なのがこの『イマジン』

有名なイントロのピアノは、誰もが一度は聴いたことがあることでしょう。

戦争も差別も国境もない世界を想像してごらん、そう歌うこの曲のメッセージはどこまでも普遍的です。

当然そのメロディも素晴らしく、誰でも口ずさめるキャッチーさと崇高な響きを兼ね備えています。

2021年の東京大会を始めオリンピックの開閉会式のような国際的セレモニーでもフィーチャーされてきた、人類史上屈指のアンセムと言うことができるでしょう。

④『ハッピー・クリスマス(戦争は終った)』(1971)

クリスマスになると街中でもしばしば耳にする、クリスマス・ソングの定番となったのがこの『ハッピー・クリスマス(戦争は終った)』

しかしクリスマス・ソングによくある恋愛を歌ったものではなく、副題の「戦争は終った」が示すようにこの楽曲もやはりメッセージ・ソング

クリスマス、そして新しい1年の到来を心から喜び、

War is over, if you want it

戦争は終わる、君がそう望めば

(『ハッピー・クリスマス(戦争は終った)』より引用(訳は筆者による))

と訴えかける彼の主張は希望に溢れています。

奇しくも12月にジョンが凶弾に倒れたこともあり、暖かくも切ない気持ちを呼び起こすジョン・レノン屈指の名バラードです。

⑤『スターティング・オーヴァー』(1980)

最後に取り上げるこの『スターティング・オーヴァー』は、1980年に音楽活動を再開したジョンが発表したシングル楽曲です。

タイトルを和訳すると「再出発」で、正に新たなキャリアを始めようとするジョンに相応しい楽曲。

この時ジョンは40歳。我が子の育児に没頭し、より人間的に深みを獲得しているのがその枯れた歌声から伝わってくるかのようです。

楽曲のスタイルは彼が少年時代に熱中したロックンロールを1980年代的に再解釈したもので、壮大なメッセージや革新的なアイデアを伴わない、純粋なロックンローラーとしてのジョン・レノンを感じることができます。

活動再開の矢先にマーク・チャップマンに殺害され、ジョン・レノンの復活劇は幻となってしまいましたが、この楽曲を聴けば彼が新たな名曲を生んだことは想像に難くありません。

ジョンの訃報をきっかけにチャートを駆け上り、1980年最後の全米1位シングルとなった、ジョン・レノン最後の名曲。

おわりに

今回は音楽史上に残る天才、ジョン・レノンについて解説していきました。

その余りの知名度と偉大さ故に、彼のことを歴史上の偉人、遠い過去の人物と考えてしまう人も中にはいるかもしれません。

確かにジョン・レノンは偉大な人物です。しかし彼は過去の人物ではなく、今なお色褪せることない数々の音楽を残したアーティストなのです。

この記事をきっかけに、ジョン・レノンという人物と彼の音楽を、より身近なものに感じていただければとても嬉しいです。

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