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ウォルピスカーター、新作『余罪』を語る Part.2
-2月9日にXに投稿された新作の発売を告知するポストのなかで、ウォルピスカーターさんは「私がやりました。よろしくお願いします。」と綴っています。この「私がやりました」というフレーズはアルバム収録曲「レインコート」にも登場しますね。『余罪』というアルバムタイトルであることを考えると、「レインコート」が事実上のタイトルトラックだと受け止めていいのでしょうか。
今回はリード曲というかタイトルトラックみたいなものは明確には出してなくて…。いつもはリード曲を決めてからクリエイターの方に発注をするんです。「リードトラックを書いてください」ってお願いをするんですけど、今回はそういうことをせずに全体を通して聴いても楽しめる、1曲1曲聴いても楽しめる状態にしてるんです。なので「レインコート」もタイトルトラックということではなく、『余罪』のなかの「レインコート」として楽しんでいただければなと思ってます。
-「私がやりました」って衝撃的なフレーズですよね。
そうなんですよ。見たときに「あ、これは絶対に告知で使おう」って(笑)
-1曲目の「サル」は、ウォルピスカーターさんの代表曲のひとつである「泥中に咲く」を手掛けた針原翼(はりーP)さんの書き下ろし曲です。しっとりした印象の楽曲なので、前作の幕開けとなった「Colors」のようなオープニングを予想しているファンは驚くのではないかと思います。この曲でアルバムを始めようと思ったのはどのような意図によるものでしょうか。
はりーさんの楽曲はみなさん待ってくれてるというか、楽しみにしてくれている方が多いんじゃないかと思っているので、最初か最後に置こうというのは曲が上がってくる前から決めてました。「ドラマティックだったら最後」みたいな感じだったんですけど、はりーさんから上がってきた楽曲を聴いて、「ああ、これは一番目だな」とすぐ決めちゃいました。導入に丁度いいというか、まさに一番手だと。
-ウォルピスカーターさんが作詞を担当した「ワンマンライブ」はライブ映えしそうな疾走感のある楽曲です。歌詞には不穏なワードが散見されますが、それは決してネガティヴなものではなく、アーティスト活動に向き合う上でのウォルピスカーターさん自身の決意が綴られているようにも感じました。この曲に込めた想いを教えてください。
これはもう読んだ通り、ライブが大嫌いだなという(笑)。 ワンマンライブをテーマに歌詞を書こうと思ったときに、最初に書いたのが「大嫌いだわ」の部分だったので。僕はライブが嫌いなんですけど(笑)、「アーティストといえばライブ、ヴォーカリストいえばライブ」ってみなさんおっしゃるし、アーティスト側も「ライブやりたいです、ライブやらせてください」って思ってる方も非常に多いんですけど、ライブをやらなくてもいい時代がそろそろ来るんじゃないかと。僕もインターネット出身の活動者ですし、インターネットで完結するならそうしたいけど、でもなかなかそういうことは言えないな、そういう想いが込もってますね(笑)
-ライブが大嫌いになったきっかけのような出来事があったんでしょうか。
ゆるやかにですかね。元々ライブをやっていて、元々ボカロ曲が人間が歌うためのキーで作られていないこともあってかなり高いのもあって、だんだん歌のキーが上がっていくにつれて、それをライブで再現することが難しくなってきちゃって…。あるときからライブを一切諦めたんですけど、それからしばらくして色々な方の後押しもあって「ちょっとライブやってみようかな」という気持ちになってワンマンライブとか色々やった結果、やっぱり「やらなくていいかな」と(笑)
-逆にスタジオワークに関してはいかがでしょう? ずっと続けていても苦にならないタイプですか?
そうですね。基本的にレコーディングとかも僕は全部自宅で完結させてるんです。自宅にレコーディングブースを作って、エディットとかもブースのなかで全部やっちゃう。これは好きですね。誰とも関わらないですし、ずっと独りでやって。これがスタジオのレコーディングとかになるとコミュニケーションが必要になってくるじゃないですか。「ちょっと戻して20秒からパンチインしてください」みたいな。この一声が無駄というか(笑)。 独りでやってると「ちょっと戻したところから録り直そう」をワンクリックで出来ちゃうので。すごく僕好みの環境ですね、独りで作るっていうのは。
-そういう環境で作業をしていると、本当はすでにOKテイクが録れているのに延々と録音を続けてしまう、みたいな危険性もありませんか?
それはもちろんあります。特に低い曲とかだと。僕は普段高い声を出していて…高い声って“出せたらOKテイク”なんですよ。あんまり難しいテクニックとかを挟む余地が無い。高い声を出すだけでOKテイクになり得るんですが、低いところ、それこそ男性キーの曲とかは“上手くなきゃいけない”というか、上手に歌わないといけないので、OKテイクのラインを見極めることができなくて何度も録り続けてゲシュタルト崩壊しちゃう…みたいなのはありますね。
-そういうときって誰かに聴いてもらってアドバイスを仰ぐこともありますか?
いや、基本的に無いですね。僕は人の意見を信用していないので(笑)。 たぶんヴォーカリストの方は(そういうタイプが)多いと思います。「いいですね」とか「上手ですね」を全部お世辞だと思っていないと増長しちゃうというか…(自分が)いいと思っていないものをいいと言われることに納得が出来ないので、あんまり人の意見は聞かないですね。本当に困ったときくらいです。
-同じくウォルピスカーターさんが作詞を担当した「漂白」についてお伺いします。歯医者での治療中に着想を得た楽曲だと推察しますが、この曲の歌詞にまつわるエピソードがあれば教えてください。
曲を作ってくれた神谷志龍は10年来の付き合いがある友人なんですね。同い年で同じ時期に音楽活動を始めた“生え抜きの同期”みたいな。お互いにどういう曲が好きで、どういう曲を書いて、どういう詩を書くかっていうのもなんとなくわかっているので、思いきり神谷志龍の楽曲に寄せた歌詞を書こうと思って書き始めたんですけど、すごい暗いんですよね、神谷志龍の歌詞は。死生観に基づくというか、希死念慮みたいな部分を突いてくる歌詞なんで。僕はそこまで暗い歌詞が書けないと思ったので、身近にあった辛いことをそれっぽく書こうと。「最近あった辛いことって何かな? 歯のクリーニング辛かったな」って(笑)
-歯のクリーニングについての歌詞だったんですね。結構痛かったですか?
痛かったですねえ。定期的に行かなきゃいけないのが本当に嫌で。終わったあとにすっごい歯が沁みるんですよね(笑)
-歌詞の作風を神谷志龍さんに寄せて書こうとしたとおっしゃっていましたが、そのことは神谷さんご本人に伝えましたか?
いや、言ってないです。言ったら調子乗るかなと思って(笑)
-(笑) 完成した歌詞について神谷さんから何かコメントはありましたか?
なんて言われたかな…。「いいね」って言われました(笑)。 「どこどこがよくて~」みたいなことを話す間柄でもないので、よかったら「いいね」って言ってくれるし、気に入らなかったら「ちょっとここ直してくれない?」ってお互い言い合えるような仲なので、「いいね」が来たってことはお気に召したんだろうなって僕は解釈してます。
-「オイルライター」の歌詞についてお伺いします。久しぶりに煙草を吸った元喫煙者が、かつての大切な人から貰ったオイルライターを手にしながら物思いにふける様子が歌われています。これはウォルピスカーターさんの実体験から生まれた歌詞なのでしょうか。
いえ、実体験ではなくて。未練があるというか、アンニュイな感じの歌詞なのかとおっしゃられる方が多いんですが、この曲の個人的な肝は<喜びも大きな絶望も無い>という部分で。僕が今年で30になるんですけど、まさにこんな感じなんですよ。大きな喜びも深い絶望もない、みたいな。大人になると淡々と生きるじゃないですか。お仕事に行かれる方も「仕事やだな」と思いながら家を出るわけですけど、それが深い絶望かって言われたらそんなことないじゃないですか。でも、子供の頃って小さな幸せで飛び上がるくらい喜んだり、好きなゲームが買えないとかで泣くくらい絶望したじゃないですか。そういうのもない20代後半から30代前半の淡々とした男の歌詞なんです、これは。
-シチュエーションはフィクションだけど、ご本人の人生観を反映した歌詞ということですね。
昔の恋人からもらったライターを引っ張り出して煙草吸ってみても思ってたほど感傷もないな、くらいの。これは本当に虚無の人の歌詞なんです。
-ちなみにウォルピスカーターさんの子供の頃の夢はどんなものでしたか?
僕は宇宙飛行士でした(笑)。 僕は出身が神奈川の相模原市なんですけど、相模原には宇宙関係の施設が多くて、それこそJAXA(宇宙航空研究開発機構)もありますし。そういうのもあって、宇宙にまつわる部分への関心が人よりも多かったのかなと。それで宇宙飛行士になりたいなと思っていたんですけど、テレビで「衝撃の事故!」みたいな番組あるじゃないですか。ロケットが爆発しちゃって搭乗員の方が亡くなってしまいました、というのを見てやめちゃいましたね。怖いなって。
-その番組を見ていなかったら宇宙飛行士になっていたかもしれませんね。
ですね。小5くらいの文集に「将来の夢:公務員」って書いてましたからね、僕(笑)
-アルバムの最後は、歌い手の超学生さんがゲスト参加した「おくりうた」で締めくくられます。「歌ってみた」ですでにおふたりのコラボが実現していますが、ウォルピスカーターさんのオリジナル曲では初の顔合わせとなります。超学生さんのレコーディングには立ち会われたんでしょうか?
今回、オリジナルで快く受けていただけてありがたいですね。録音については立ち合ったりしてないですね。お互いに歌い手なので、自分がやりやすいレコーディング環境っていうのを自分で持っているので、レコーディングについてはお任せしました。上がってきた音源を聴いて「バッチリだな!」と。