その誕生から半世紀以上の年月が経過し、文化として完全に定着したロックンロールという音楽。
数えきれないほどのミュージシャンがロックの道を志し、音楽史に残る名曲が数多く生み出されてきました。
長い歴史を刻む過程においてロックはさまざまな進化・深化を遂げ、“ロック”という言葉だけで内包する要素のすべてを説明するには不十分なほどに音楽性が細分化しています。
複数のジャンルにまたがった音楽性を持つバンドも多数存在し、ロックファンの間で「○○はヘヴィメタルか。それともパンクか」という議論が起こることも珍しくありません。
今回ご紹介する“ハードコア”もそんなロックのジャンルのひとつです。
「中核」や「筋金入りの」という意味をもつハードコアは、激しい音楽性と筋の通った精神性を併せ持つ硬派な音楽ジャンルだと言えるでしょう。
いまやハードコアも細分化が進み、その全貌を把握するのは非常に困難となっていますが、今回はその歴史や音楽性、代表的なバンドについてご紹介していきましょう。
目次
ハードコアの起源
ハードコアについて説明するには、1970年代に誕生し、あっという間に世界的なムーブメントとなったパンクロックについて触れる必要があります。
スリーコードを主体としたシンプルな曲調が特徴で、既存のバンドと比較すると、稚拙な演奏技術しか持たない若者たちが、社会への怒りを声高にぶちまけるパンクロックは、世間に大きな衝撃を与えました。
アメリカからはRamones、イギリスからはSex PistolsやThe Clashといったバンドが登場して人気を博し、そのブームに乗じるかのように、数多くのパンクバンドが世界各地で誕生することになります。
世界的な一大ムーブメントとなったパンクロック。
しかし、ひとつのムーブメントが誕生すると、そこから枝分かれが発生するのが世の常です。
シンプルなパンクロックを進化させ、その音楽性を広げていこうと考えるバンドも出現し、ポストパンクやニューウェーブという新しいジャンルが芽生えていきます。
そんな流れに反発し、パンクロックが本来持っていた生々しい剥き出しのエネルギーを突き詰めていこうという動きも現れました。
「よりうるさく、より速く、より激しい」という、パンクロックの核となる要素を先鋭化していったバンド群が生み出したジャンル、それがハードコアです。
より過激なパンクロック、というシンプルな言い方をしてもいいかもしれません。
パンクロックが反逆の音楽だったように、ハードコアもまた反骨の精神性を強く押し出している音楽です。
反商業主義的な姿勢はもちろんのこと、歌詞も社会的・政治的なテーマを取り上げることが多く、音楽と思想の両面において非常に硬派なスタンスを貫いています。
その姿勢はある意味では潔癖とも言えるほどで、ライヴ中に「スター」という単語を使ったミュージシャンが商業主義的だとして袋叩きにされたという逸話も残されています。
ハードコアの発祥の地や時期を正確に特定するのは困難で、既存のパンクロックをより攻撃的に先鋭化していったバンドが各地に誕生し、それらのバンドを中心としてシーンが作られていったと考えられています。
1970年代末期から1980年代初頭にかけて、北米を中心にしてアンダーグラウンドなパンクロックシーンが形成され始め、ハードコアの元祖と呼ばれるような重要なバンドのいくつかもこのシーンから誕生しました。
従来のパンクバンドよりも攻撃的なサウンドに乗せて社会的・政治的な歌詞を喚き散らすそれらのバンドは、各地で若者たちの心を捕らえていきました。
日本もその例外ではなく、スターリンのような有名バンドをはじめ、数々のハードコアバンドが登場しています。
その音楽性は海外でも高く評価され、日本のハードコアバンドの音源を収集しているコレクターまでいるほどです。
メジャーなレコード会社との契約も無かったハードコアバンドたちは、バンド運営のすべてを自分たちの手でおこなっていました。
このDIY的なバンド運営の手法が、のちに一般的となるインディーズの流れを生むことになったと言われています。
「ハードコア」という名称がいつ誕生したのか、誰が命名したのか、ということについてもはっきりしたことは不明です。
しかし、その名称を有名にしたのは、カナダの重鎮バンドD.O.A.が1981年にリリースしたアルバム『Hardcore ’81』であると考えられています。
1分台の楽曲がずらりと並んだ『Hardcore ’81』は、スピード感溢れる攻撃的なハードコアチューン満載の名盤です。
ハードコアの音楽性
ハードコアの音楽性は「よりうるさく、より速く、より激しい」というもので、観客全員で大合唱できるような美しいメロディなどは登場しません。
そのため商業的成功を収めたハードコアバンドはわずかな例外を除いてほとんどいませんが、数多くのミュージシャンが音楽的影響のひとつとしてハードコアを挙げるなど、その影響力は絶大なものがあります。
ハードコアはパンクロックの延長線上にある音楽だと言えますが、パンクロックと比較するとロックンロールの要素が弱いことが指摘されています。
Sex Pistolsの代表曲“Anarchy In The UK”を例に説明すると、同曲ではロックンロール・パターンと呼ばれるフレーズがギターリフに使われているのがわかるでしょう。
チャック・ベリーの“Johnny B. Goode”など数多くのロックンロール曲に使われている「タタラタ、タタラタ」という有名なフレーズです。
それに比べ、ハードコアではスラッシュメタルに通じるような直線的なギターリフが使用されることが多く、ロックンロールの軽やかさを感じ取ることはできません。
その硬質で尖った音楽性は後続のハードコアバンドだけではなくメタルバンドにも大きな影響を与え、スラッシュメタルの帝王Slayerは自身のルーツとなったハードコアバンドの楽曲をカバーしたアルバム『Undisputed Attitude』を1996年にリリースしているほどです。
ハードコアで非常に重要な要素のひとつが音量です。
全体のアンサンブルや各パートの音の分離などは二の次で、とにかく大音量でひたすら速く激しく演奏する。
それがハードコアの美学です。
暴力的なまでの音量と速さに熱狂する若者たちの様子を考えると、モッシュやステージダイヴなどの過激な行為が誕生したのも必然だと言えるかもしれません。
爆音で演奏される音楽スタイルのため、ヴォーカルはとにかく叫ぶのが基本です。
メロディを歌うというよりも、リズムに乗せて歌詞をがなり、サビでは他のメンバーと一丸となって楽曲のタイトルを叫ぶ。
そしてディストーションで歪ませた爆音ギター。
パワーコードを高速で掻き鳴らすそのスタイルは、パンクよりもスラッシュメタルのそれに近いものに聴こえます。
テクニックをひけらかすようなギターソロはほとんどなく、あってもごく短い不愛想なものが大半です。
バンドサウンドの低音を担うベースは、ギターリフと同じ動きをしていることが多いですが、バンドによってはファズなどのエフェクターで極端に歪ませるなど特異な音像を持っていることもあります。
ドラムは速さを求めてひたすらに突っ走ります。
猛スピードのスタスタしたドラムビートはハードコアの大きな特徴のひとつでしょう。
ハードコアの代表的バンド
Black Flag
1976年にロサンゼルスで結成されたBlack Flagは、ハードコアのパイオニア的バンドのひとつとして知られています。
ファーストアルバム『Damaged』はハードコアの超名盤で、アメリカの音楽専門誌Rolling Stone誌の『史上最高のアルバム500選』でも340位にランクインしています。
拳で鏡を叩き割るアートワークも「これぞハードコア!」という素晴らしさですし、挑発的な歌詞の名曲“Rise Above”は、聴いているだけで暴れだしたくなるほどです。
ヴォーカリストのヘンリー・ロリンズは、Black Flag脱退後に自身のバンドRollins Bandを率いて活動をしていました。
Rollins Bandはオルタナティヴ・メタルのようなサウンドを持つバンドでしたが、“Low Self Opinion”など数多くの名曲を残しています。
Fear
1977年にロサンゼルスで結成されたFearも、先ほどご紹介したBlack Flagと並んで、ハードコアシーンを作り上げてきた重要バンドです。
メンバーチェンジが多く、オリジナルメンバーはヴォーカル/ギターのリー・ヴィングだけですが、結成以来一度も解散せずにバンド活動を続けています。
また、ごく短期間ではありますが、Red Hot Chili Peppersのフリーがベーシストとして在籍していたことでも知られています。
デビューアルバムは『The Record』というふざけたタイトルですが、生々しいエネルギーに溢れたその30分足らずのレコードは、多くのパンクキッズの心を震わせました。
ミュージシャンの中にも同作のファンは多く、Nirvanaの故カート・コバーンが自身のお気に入りアルバム50選として挙げたのをはじめ、Guns N’ Rosesのスラッシュも「下積み時代に所有していた唯一のレコードがFearの『The Record』だった」と語っています。
Dead Kennedys
「死んだケネディ一族」という不遜な名前を持つDead Kennedysも、初期のハードコアシーンで絶大な存在感を誇った重鎮バンドです。
1978年にサンフランシスコで結成されたDead Kennedysのサウンドは、先ほどご紹介した2組と比較すると、ハードコア感が弱く感じられるかもしれません。
しかし、ヴォーカリストのジェロ・ビアフラの震えるような特異な歌唱、演劇的なステージパフォーマンス、そして社会情勢や音楽業界、拝金主義などを風刺する知的な歌詞は同時代や後続のバンドに大きな影響を与えました。
1986年に解散しますが、2001年から別のヴォーカリストを迎えて活動を再開しています。
Bad Brains
1977年にワシントンで結成されたBad Brainsは、白人がほとんどだった初期のハードコアシーンでは、非常に珍しい黒人によるバンドでした。
ジャズ・フュージョンバンドが前身という変わり種で、初期のパンクを聴いて衝撃を受けたことにより、パンクバンドへ転身したという極端すぎるエピソードを持っています。
バンド名はRamonesの1978年作『Road to Ruin』収録曲“Bad Brain”から採られたものです。
そのライヴパフォーマンスの激しさからワシントンの多くの会場から出入り禁止処分を受け、活動の場を失った彼らはニューヨークへ拠点を移すことを余儀なくされました。
しかし、Bad Brainsが登場したことによりニューヨークのハードコアシーンは活発化し、数多くのバンドが登場するきっかけとなります。
その中には、後にラップグループとして、世界的な大成功を収めることになるBeastie Boysも含まれていました。
ジャズの素養があり、非常に高い演奏技術を持つ彼らは、ハードコアというジャンルの枠を押し広げたバンドとしても知られています。
レゲエやファンク、ヘヴィメタルなどの要素を取り入れたそのサウンドは、後続のバンドに多くの選択肢を与えただけでなく、ミクスチャーロックの誕生にも大きな影響を与えたと言えるでしょう。
D.O.A.
1978年にカナダで結成されたD.O.A.は、1981年にリリースしたセカンドアルバム『Hardcore ’81』で、ハードコアというジャンルの名前を世に広めた重要バンドです。
まさに“硬派”の二文字がふさわしい男気のあるバンドで、政治的な歌詞で世の中の不正や不条理を舌鋒鋭く攻撃するとともに、「Talk Minus Action Equals Zero(口先だけなら何もしてないのと一緒)」をスローガンとして数々の政治運動もおこなっています。
流行りのハードロックやスラッシュメタルへ音楽性が寄っていった時期もありましたが、解散や活動停止を乗り越え、現在も元気に活動している大ベテランハードコアバンドです。
Discharge
1977年にイギリスで結成されたDischargeは、ハードコアを語る上で絶対に欠かすことのできない超重要バンドです。
1982年のデビューアルバム『Hear Nothing See Nothing Say Nothing』は、Black Flagの『Damaged』などと並び、ハードコア史上最高の名盤として燦然とその名を刻んでいます。
超暴力的でありながら硬質な冷たさを帯びたその音像からは狂気すら感じられるほどで、グラインドコア、スラッシュメタル、ブラックメタルなどの極端なまでの過激さを特徴とする、他ジャンルへも影響を与えました。
正直なところ、1982年にこのような音を出していたバンドがいたとは信じられないほどです。
すべてのサウンドが凶暴なのですが、狂ったようにドラムキットを叩き続けるそのビートは多くのバンドに模倣され、Dischargeの頭文字を冠したD-beatというサブジャンルまで誕生したほどのインパクトを備えています。
Minor Threat
1980年にワシントンで結成されたMinor Threatは、音楽性もさることながら、その高潔な精神性でシーンに影響を与えたバンドとして記憶されています。
ヴォーカリストのイアン・マッケイが提唱する「喫煙をしない」「飲酒をしない」「ドラッグを使わない」「快楽目的のセックスをしない」の4箇条はストレイト・エッジと呼ばれ、そのライフスタイルは多くのミュージシャンやファンに支持されました。
Minor Threat解散後にイアン・マッケイが結成したFugaziは音楽的に非常に高い評価を受けましたが、残念ながら2003年以降は活動休止状態が続いています。
Bad Religion
1980年にロサンゼルスで結成されたBad Religionは、今回ご紹介するバンドの中では、一番商業的に成功したと言えるでしょう。
1988年にリリースされたアルバム『Suffer』は、既存のハードコアにわかりやすいメロディを導入し、メロディック・ハードコアというジャンルの先駆けとなった1枚です。
メロディック・ハードコアのブームは日本にも飛び火し、Hi-Standardなど数多くの人気バンドが誕生しました。
ギタリストのブレット・ガーヴィッツはエピタフ・レコードというレーベルを運営しており、そこからは The Offspringの『Smash』やRancidの『…And Out Come the Wolves』などの大ヒット作が誕生しています。
純粋なハードコアの定義からは外れるかもしれませんが、今回ご紹介してきたバンドの中で一番日本人に親しみのあるサウンドスタイルだと思います。
最後に
今回はハードコアのパイオニア的バンドを中心にご紹介してきました。
しかし、冒頭でも述べた通り、本当に細分化が進んでいるジャンルで「○○コア」という名前の付くサブジャンルが山のように存在します。
メロディック・ハードコアのようにわかりやすいもの、メタル寄りのもの、ラップを取り入れたもの、中には宗教色を取り入れたものまで様々です。
まずはこの記事を入り口として、ご自身の音楽的指向に近いハードコアのジャンルを聴いてみていただければと思います。