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映画「ちひろさん」×岸田繁のサウンドトラック
岸田繁がサウンドトラックを制作する上で、最も重要視したのが色味。作品の色味から構成する楽器をチョイスしていったそうです。映画「ちひろさん」については、「監督が演出や色の調整などで、常にベストチョイスを選択していると感じた。音が作りやすかった」と話しています。
ドラマチックな展開が繰り広げられる訳ではなく、生活を眺めるような作品の「ちひろさん」。あまり音楽を多用せず、劇中でかかるのはここぞという時のみ。そのバランスが絶妙で、作品の世界をグッと引き立てています。全体的にギターや鍵盤打楽器、木管楽器を活かした穏やかなサウンドが中心です。景色や自然とも調和した心地よさがあり、夕暮れ時によく合うサウンドトラックになっています。
主題歌となっている「愛の太陽」のメロディも静謐なピアノの音色で劇中に登場します。タイトルに太陽とついているにもかかわらず、メロディが流れるのは夜の場面です。ちひろの心をそっと軽くしてくれた人達との出会いが全て夜だったことを思うと、そうなっているのも納得できます。夜の場面でかかる「愛の太陽」はほのかに射した一筋の光だとしたら、エンドロールの「愛の太陽」には燦燦と注ぐ光が感じられるはずです。
映画「ちひろさん」×くるり「愛の太陽」
2016年に初めてリリースしたEP「琥珀色の街、上海蟹の朝」から、久しぶりの2作目のEPとなった「愛の太陽 EP」。2021年に自分達の音楽を突き詰めたアルバム「天才の愛」をリリースした反動もあって、「愛の太陽 EP」は「自然と聴衆の側に寄った作品になった」と語っています。そういった多面性もくるりの大きな魅力の一つです。
「ちひろさん」の主題歌としてくるりが起用されたのは、今泉力哉監督が学生の頃にくるりのアルバムをよく聴いていたことがきっかけとなっています。リラックマシリーズの主題歌とサウンドトラックを担当することになったのも、小林雅仁監督がくるりを20年以上聴き続けていたからでした。いかに多くの人の日常に寄り添い、愛されてきたかが分かります。
MVも今泉力哉監督が制作し、オカジ役の豊嶋花も出演。映画のラストからしばらく経ったオカジをテーマに撮影されているので、映画鑑賞後に視聴するとより楽しめます。それぞれの登場人物がその後どう生きているのか、想像が膨らむはずです。
最近のくるりは、一度作品を寝かして適切なタイミングで取り出して作り直す流れが増え、「愛の太陽」もその方法で制作されました。「映画の主人公を主語として作るといいものが出来上がらない」という経験則から、あえて映像作品に寄り添い過ぎない手法をとっているそうです。そのような形で制作されたからこそ「愛の太陽」は、登場する全ての人物と重ね合わせることができ、映画全体を包み込んでいます。
楽曲「愛の太陽」は「ちひろさん」の世界と同じく、温かみと寂しさの両方を持った作品です。たゆたうようなギターサウンドと6/8拍子が生む独特のリズムから、手探りでも前に向かって進んでいく、そんなイメージが浮かんできます。心に沁み入るくるりの名曲が、また一つ誕生しました。
最後に
調べれば調べるほど「ちひろさん」は、脚本・演技・街・音楽…全ての要素が絶妙に噛み合って出来た作品だと分かります。
作品とくるりの親和性も抜群です。やはりくるりのサウンドは、日常を題材にした作品に気持ちよく溶け込みます。
個人的に「愛の太陽」の歌詞は映画の登場人物だけでなく、くるりの道程にも思えて勝手に感慨深くなりました。次は、結成メンバーで制作されたアルバム「感覚は道標」のリリースが待っています。一体今度はどんな楽曲が聴けるのか、10月が楽しみで仕方ありません。