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羊文学の名曲 Part.2
人間だった
同じく4th EP『ざわめき』の収録曲「人間だった」は、2019年の年末に、クリスマスソング「1999」と共に絵本付きシングルとしてもリリースされています。
文明社会に対する疑問を歌ったこの楽曲。
自分たちの手でさまざまなものを作れるようになった人間は、もはや生態系の一部としての人間だったことを忘れて、戦争をしたりする。
そんな人間の生み出す社会や時代の危うさに対して、<神様 じゃないと 思い出して>と鋭い指摘を投げかけています。
しかし音像は決して重々しくなく、浮遊感とノイズ感が心地よい幻想的なもの。
美しいサウンドと凛とした歌声が相まって、幽玄な世界観が広がっていきます。
2番に入るラップ調の歌い回しで印象的に語られるのは、テクノロジーの発展と自然からの乖離を綴った言葉。
そして終盤には、<風を切る奇跡 思い出してよ>と生きる喜びまでも表現しているのです。
4th EP『ざわめき』は、この楽曲から始まり、先にご紹介した「恋なんて」で締めくくられる構成となっています。
”戦争をしない””差別をしない”といったことは当たり前で、特別なことじゃないと語る塩塚。
だからこそ、社会的なテーマを扱った「人間だった」と日常的な恋愛の別れを描いた「恋なんて」とがEPの中で並んでいるのは大切なことだと思う、と。
普通に生きている中での引っかかりを曲にしなければと思ったという、彼女のまっすぐな眼差しが眩しく感じられます。
あいまいでいいよ
「あいまいでいいよ」は、2020年発売のメジャー1stアルバム『POWERS』収録曲で、ひかりTVオリジナルドラマ『湯あがりスケッチ』の主題歌にも起用されています。
自分の心に正直であることを大事に曲作りをしていると語る塩塚。
羊文学の音楽は、うまく言葉にできないような宙ぶらりんな感情や、白黒つかないような揺らぐ心を丸ごと掬い取ってくれるからこそ、聴き手の深いところに刺さるのだと思います。
この「あいまいでいいよ」は、まさにそんな彼女たちの真骨頂です。
<あいまいでいいよ/本当のことは後回しで/忘れちゃおうよ>
切迫感が漂うこの時代の中で、未解決な感情をそのまま受け止め、今はそれでいいのだと寄り添ってくれる。
あいまいじゃダメかもと悩む時、漠然とした不安を抱える時に、大丈夫だとそっと背中を押してくれるのです。
アンニュイな雰囲気を醸し出しながら、そっと抱きしめるように、同時に力強く励ますように歌い上げるボーカル。
シンプルな音作りが印象的なクリアなサウンドは、楽曲のメッセージや歌声を一層際立たせ、それら全てを聴き手の中まで運んでくれます。
アルバム『POWERS』は、”聴いてくれる人のお守りになってほしい”という思いで作られたのだそうです。
この「あいまいでいいよ」もまた、時に息苦しくも感じるような現代を生きる、あらゆる人々の拠り所となっているに違いありません。
マヨイガ
2021年にリリースされた「マヨイガ」は、アニメ映画『岬のマヨイガ』に書き下ろされた楽曲です。
アニメ映画『岬のマヨイガ』は、居場所を失った2人の少女がとあるおばあちゃんと暮らすことになり、その温もりに触れて心を癒していく物語。
塩塚は主人公の2人に手紙を書く感覚で作詞したのだと言います。
<おかえり ずっとまっていたよ>
優しいコーラスとサウンドで包み込むように始まるこの楽曲は、疾走感と共に徐々に強さを増していきます。
爽快なバンドサウンドに乗せて届けられるのは、<ありあまる夢を/花束いっぱいに抱きしめて/世界を愛してください>という清らかな願い。
羊文学の音楽に”祈り”というワードが多く登場するのは、塩塚がキリスト教系の学校に通っていたことも関係しています。
”自分のための祈り”は、どうしようもないことが訪れた時に、自分より大きなものの力を信じる”休憩”。
”自分以外の誰かのための祈り”は、他人の幸せを願う”愛”。
彼女は以前、自身にとっての”祈り”についてこう語っていました。
<祈っている><君の今、君のすべてが、喜びで溢れますように>
「マヨイガ」に込められたこの”君のための祈り”は、ひたむきな”愛”の象徴なのだと感じられます。
そんな心に響く温かさとサウンドの軽やかさのバランスが絶妙な「マヨイガ」。
春の訪れのように和やかな気持ちにしてくれる楽曲です。