小袋成彬 – 宇多田ヒカルに衝撃を与えた才能 | その魅力を徹底解説

小袋成彬 – 宇多田ヒカルに衝撃を与えた才能 | その魅力を徹底解説

「この人の声を世に送り出す手助けをしなきゃいけない。ーーーそんな使命感を感じさせてくれるアーティストをずっと待っていました。」
宇多田ヒカルにそう言わせたアーティストがいます。小袋成彬です。作詞家、作曲家、歌手、音楽プロデューサー、ミュージックビデオ監督、さらには音楽レーベルの代表取締役といった数多くの肩書をもつ小袋成彬とは、いったいどんなアーティストなのでしょうか。今回は、過去にリリースされた2つのアルバムの考察も交えて紹介します。

小袋成彬の略歴

Profile


本名:小袋成彬(おぶくろなりあき)
生年月日:1991年4月30日
出身地:関西地方
学歴:立教大学経営学部国際経営学科卒
肩書:作詞家、作曲家、歌手、音楽プロデューサー、ミュージックビデオ監督、経営者

小袋成彬は26歳の時にアーティストとしてのキャリアを本格的にスタートさせました。一般的なアーティストと比較するとかなり遅い目覚めでした。

小袋成彬は小・中学生時にアコースティックギターやエレキギターを手にしますが、夢中になっていたのは野球でした。野球は高校卒業まで続けます。そのため音楽は「聴く専門」でした。

学生時代の小袋成彬は、文化祭の委員長など組織をまとめる役に就くことが多かったようです。その経験から組織マネジメントや人材管理などに興味を持ち、立教大学の経営学部に進学します。当時は”実務的・実践的”なことが興味の対象でした。

大学1年生のころからコピーバンドのメンバーとして活動していましたが、卒業後には出版社に就職し「ポパイ」や「クーリエ」などの雑誌の編集者になりたかったようです。しかし競争が激しい出版社への就職活動で成功を収めることはできませんでした。

そこで、大学4年生にして音楽に本格的に取り組むことを決意します。しかし良心の呵責により、親から経済的援助を受けながら音楽に打ち込む気にはなれませんでした。経済的に自立することを第一目標に掲げ、ある種の”義務感”をもって音楽に取り組みました。

2014年には、インディーズ音楽レーベルTokyo Recordingsを設立し、小袋成彬は経営者と編曲者の肩書を背負います。Tokyo Recordingsは実力が評価され、OKAMOTO’S、柴咲コウ、きゃりーぱみゅぱみゅ、Keishi Tanakaなど名だたるアーティストの作品をプロデュースしました。

しかしレーベルの成功の陰で、小袋成彬は葛藤を抱いていました。アーティストの曲を世間が共感しそうな形式に仕上げて売り出し、実際に数字に反映される。芸術よりも商業的な側面が強い音楽に疑問を感じていたのです。

そんな折に小袋成彬は宇多田ヒカルと出会います。

宇多田ヒカルとの出会い


二人が初めて対面したのは2016年のロンドンでした。宇多田ヒカルのアルバム『Fantôme』の収録曲ともだちwith小袋成彬のレコーディングのためでした。小袋成彬は、宇多田ヒカルの”自分の為だけに音楽に向き合う純粋な姿勢”に芸術の営みを感じました。他者評価を全く介在させない作品作りに、小袋成彬は自己の葛藤を肯定された気がしました。

収録を終えロンドンから帰国すると、小袋成彬は自身の心境の変化に気づきました。美しいものだけに意識が向くようになり、普段見過ごしていた東京の景色に心動かされ、自然の機微から人生を学ぶようになっていました。小袋成彬は「耽美的な生活ばかりを追い求めるようになった」と振り返っています。かつて興味の対象だった”実務的・実践的”なことに嫌気すらさすようになります。

また編曲者としての仕事は手につかなくなっていました。自分の手で作品を生み出さずにはいられませんでした。こうして”必然的”に制作されたのが処女作となるアルバム『分離派の夏』でした。

アルバム楽曲紹介

アルバム『分離派の夏』(2018年作)

小袋成彬によって”必然的”に生み出されたこのアルバム。ここでは数曲切り抜いて紹介します。

042616@London


「分離派の夏」は、小袋成彬ではない誰かが芸術観について語るシーンから始まります。小袋成彬は、パリ近郊で音楽史を学ぶ友人だと後に明かしています。その友人は、歴史に残る名だたる芸術家たちはそれを生み出さなければ前に進めない状況にあったといいます。

生来周囲に馴染めなかった自らを「分離派」と呼ぶ小袋成彬は、そんな芸術家たちに自身を重ねていたのでしょうか。タイトルの042616が音声の収録された日付ならば、小袋成彬が宇多田ヒカルのアルバム収録のためにロンドンに滞在していた期間と重なります。やはりロンドンでのひと時は小袋成彬にとっての分岐点だったのでしょう。

Daydreaming in Guam


「僕らを睨む君の親父の遺影」、「陽炎に僕らは溶けた」、「グアムじゃ毎日熱にうなされて」、「今度は君が倒れた」など”死”や”熱”のにおいがする歌詞を、押さえつけるようなトーンで歌いながら曲の前半が進行します。

そして間奏から「夏に燃えた君」という歌詞で押さえつけられていたものが一気に解放されます。そして最後は「また君に会えるまで薪を焚べ続けなきゃ」と締めくくられます。

「分離派の夏」には、小袋成彬が自身を批判的に突き放すような表現が全体的に見られます。しかしこの曲では自身の感情の解放を許している、または意図に反して溢れ出している様な印象を受けます。

Selfish


アルバムのリードソングであるこの曲。たびたび繰り返される「時代に花を添えたくて筆をとっていたわけじゃない」「もう君は分からなくていい」などの歌詞から、小袋成彬のアーティストとしてのスタンスを投影している曲だと解釈できます。

しかし後半の「でも今日だけは会いにきて」で、小袋成彬が意識したという”主観と客観の調和”を感じます。歌詞は様々な解釈ができると思いますが、曲は理屈抜きで美しいです。特に転調後の歌詞とメロディは惚れ惚れします。

愛の漸進


アルバムのラストを締めくくるこの曲。「Everything is a dream. Everything was a dream.」と走馬灯のように繰り返すテクノチックなイントロから、突如バラードが始まります。美しい愛を語っていますが、小袋成彬自身の表現者としての目覚めを祝福しているようでもあります。

“愛を紐解く暇もない 体が冷えぬようそばにいたい”

“思えば誰より深く
孤独を見つめていたのに
君の美しい響きは風の調べ
詩人のまねでもいい
そよ風すら書き留めながら
これまでのめぐり会いを
いつまでも祝いたい”

“ああ愛を紐解く暇もない
体が冷えるまでそばにいたい
だから月が綺麗
だから月が綺麗”

歌詞が歌いあげられると、エンドロールが流れます。転調し、メロディーとコーラスで曲が締めくくられるわけですが、エンドロールと表現するのが正しく感じます。アルバムが持つ、映画のような確固たる世界観が、このエンドロールによってさわやかに洗い流されます。アルバムで展開されたストーリーに思いを馳せずにはいられません。

アルバム『Piercing』(2019年作)

2019年の12月に小袋成彬のセカンドアルバム「Piercing」が発表されました。CDの発売はせず、配信のみでの公開となりました。2019年はSpotify等のサブスクリプションサービスで音楽を聴くことが世界中に浸透したばかりの時期でした。

このころには小袋成彬はロンドンに拠点を移しています。ロンドンで活動する様々なアーティストから刺激を受ける最中、作り上げられたのがこのセカンドアルバムです。小袋成彬が”毒を出した”と語るほど個人的な出来事や感情を吐き出したのがファーストアルバム。セカンドアルバムではどんな一面を見せているのでしょうか。

まず印象的なのは、曲と曲が歌詞とメロディにより一繋ぎになっている点です。アルバム全体を通して一つの物語とするスタイルはファーストアルバムを踏襲しつつ、新しさもあります。ここからは数曲ピックアップして考察していきたいと思います。

Night Out


アルバム一曲目のこの曲は、女性が英詩を朗読するシーンから始まります。
全てのものは過ぎ去る。どれだけ素晴らしいものでも。だからこそ今あるものに感謝する。なんて美しいのだろう。(筆者による和訳)”
そして歌詞はこう始まります。

“俺も泣いてた
二人で決めた
あの時キレなきゃ
俺は死んでた”

かなり印象的な出だしです。ここからは終わった恋にのたうち回る主人公が描写されます。

“全て忘れようとして
取り出したストーブに
君が顔を出して
帰り道
月明かり
君がまた顔を出して
鍵をかけて
また忘れて
ああいつまで
ああいつまで”

間奏の途中、再び英詩の朗読が入ります。
美しい過去は過ぎ去るけど、素晴らしい未来もやってくる。今あるものの有り難みを感じるのだ。
間奏後の歌詞には「新しい風」「新しい日」とあり、主人公の心境に変化が現れます。メロディーは夜明けの静かなエネルギーを感じさせます。

New Kids


Kenn Igbiを迎えたこの曲はKenn Igbiが英詞で歌う前半と小袋成彬が歌う後半とに分かれています。

前半は、思い通りにならない日々を綴った歌詞が、ダンスを踊るかのようにリズミカルに淡々と歌い上げられています。そして「Another rainy day is not going keep me from the light(雨が続いてもいつかは光が差すさ)」と前半を締めくくります。そして後半「待って、なんか今日空が青くね?」と臨場感をもって小袋成彬のパートが始まります。

“周りより未来を見ていたい気分で
カムデンの丘に立って
改まって親にメール打って
いつのまにか55だって
マユは2人目産んで
俺に至っては28のがき”

時の流れに驚かされながらも日々に希望を抱く主人公が、雨多きロンドンの、珍しく晴れた街並みと共に感じられます。そして終盤の「today’s new life」と重ねてコーラスするところはまるで人生賛歌のようです。一曲目のNight Outでの新しい風が運んできた新しい日々に生きる主人公の心境が想像できます。

Gaia


アルバム最後の曲。5lackのラップと小袋成彬のボーカルが交互に行き交いながら曲が進行していきます。過去・現在・未来を旅するような歌詞と曲が作る世界観から、時空の繋がりのようなものを感じさせます。

“愛はまるでガイアみたいだ
その運命が枝分かれた
時は俺と共に
過去を辿るように
どっちがFront?
Love Like a Goddess Gaia
その運命が枝分かれて 導かれる”

曲の前半は数えきれないほどのパンチラインを残しながら、過去から現在への繋がりを語ります。

“愛はまるでガイアみたいだ 幸せ”

5lackが前半を締め括るラインを「幸せ」と歌い終えた直後、小袋成彬の息継ぎのようなブレスの音が入ります。永らく忘れていた大切なものに気が付いたような、深い海底から浮上しやっとの思いで得た最初の一呼吸のような、そんな音です。そしてシーンは切り替わり、「Night Out 」のあの英詩の朗読のシーンが差し込まれます。

”全てのものは過ぎ去る。だからこそ今あるものに感謝する。なぜならそれは失われてしまうから。なんて美しいのだろう。”

そしてこのアルバム最後の曲はこう締めくくられます。

“言えないこと増えていく当然
それを昨日ぐらいに知った俺
振り返りゃいつでも絶景
誰にも見れないからこそ絶景
全カットまるでウディアレン
頭金用意しても買えないぜ
もうお前の倍 風 刻んでる
まだ1週目のこの人生
I’m 34 NismoのGTR Z
光より先の未来へ”

まとめ

小袋成彬の作品は”私小説的”と評されることが多いです。何かしらのカテゴリーに当てはめるならば、”私小説的”は正しいかもしれません。なぜなら、個人的な葛藤や思いを歌詞とメロディに落とし込み、アートとして昇華しているからです。他者に全く媚びずに歌い上げる個人的な苦しみや感情。だからこそ届く人には深く届く。決して消費されない。

セカンドアルバムのリリース後、しばらく小袋成彬名義の作品は発表されていません。小袋成彬が関わった他アーティスト名義の作品も素晴らしいものばかりですが、小袋成彬の私小説的作品がまたリリースされることを願うばかりです。

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