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光GENJIのメンバープロフィール Part.3
赤坂 晃(あかさか あきら)
事務局からです。
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— 赤坂 晃 OFFICIAL@5/8~全国ツアー中 (@akira_akasaka) May 17, 2023
- 生年月日:1973年5月8日
出身地:東京都国立市
身長:178cm
血液型:B型
星座:おうし座
趣味:特になし
特技:ピアノ
メンバーカラー(光GENJI時代):緑
赤坂晃は、アンニュイかつクールな雰囲気で多くのファンの人気を獲得してきました。
圧倒的な歌唱力を武器にグループを支えてきた実力派メンバーでもあります。
赤坂はジャニーズ(現SMILE-UP.)入所前から芸能活動を開始しており、1984年から1986年にかけて榊原郁恵主演のミュージカル「ピーター・パン」にウェンディの弟・ジョン役で出演していました。
1987年2月にはジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)のオーディションを受け、同事務所に入所しています。
このオーディションの時からすでに高く評価されていた赤坂は、同日に後楽園で行われていたローラースケートのレッスンへ受験者の中で唯一連れていかれたそう。
さらに、オーディションの3日後にはアイドル雑誌『POTATO』(1987年4月号)の取材に参加するなど、入所当初から非常に注目度の高いメンバーでした。
1987年8月19日に光GENJIとしてデビューしているため、赤坂は入所から約半年という短期間でデビューした事になります。
1994年から2002年には、90年代に人気を博したドラマ「HOTEL」でホテルマンの立花明役を好演。
その後は活躍の場を舞台にも広げ、「魔女の宅急便」(1993年)のトンボ役や「クレオパトラ」(1997年)のオクタヴィアヌス役など、主要な登場人物を演じてきました。
ジャニーズが受け継いできた舞台「PLAYZONE」では2004年から2007年にかけて毎回異なる役で出演しています。
グループ解散後もソロでの活躍が続いていた中、2007年10月28日に覚せい剤所持の現行犯で逮捕され、同年11月21日には東京地方裁判所で懲役1年6か月、執行猶予3年の有罪判決を受けます。
事態を重く見た事務所は、10月29日付で赤坂を懲戒解雇しました。
退所後は自身でバーを経営するも、2009年12月に再び覚せい剤の使用が発覚し、執行猶予期間中の逮捕となってしまいます。2度目は実刑判決が下り、2012年まで服役した後にバーの経営に戻りました。
現在は沖縄県宮古島に移住し、焼肉店589(コハク)を経営しています。
芸能界復帰はないと語り続けていた赤坂ですが、2015年8月に舞台「ニライカナイ ~ウロボロスの宝玉~」で主演を務め、芸能活動を再開。
2018年6月8日にはニューシングル「夢のつづき」を配信リリースしました。
2019年2月11日に開催されたソロライブでは諸星和己がスペシャルゲストとして登場し、会場を沸かせました。さらに、2022年8月には光GENJI35周年イベントで再び諸星と共演を果たしています。
先日は光GENJI35周年イベントにご参加下さり本当にありがとうございます!
本人はもちろんスタッフも大興奮の素敵なイベントになりました!
最後にはスペシャルすぎるゲストまでご参加くださり。
スタッフはかなり焦りしましたが😅
さすが諸星さん!!
12月の詳細はまた後日発表します! pic.twitter.com/jsSqFZJUYF— 赤坂 晃 OFFICIAL@5/8~全国ツアー中 (@akira_akasaka) August 21, 2022
佐藤 アツヒロ(さとう あつひろ)
- 生年月日:1973年8月30日
出身地:京都府綴喜郡八幡市(神奈川県藤沢市育ち)
身長:168㎝
血液型:A型
星座:おとめ座
趣味:動画制作、サーフィン、ゴルフ、フィギュア集め
特技:ローラースケート、楽器演奏、利きたこ焼き
メンバーカラー(光GENJI時代):黄色
現在も変わらぬ美貌を放ち続けるのが、最年少メンバーの佐藤アツヒロです。
佐藤は京都府綴喜郡八幡町(現八幡市)で生まれ、小学3年生の頃に神奈川県藤沢市に引っ越しました。
13歳の誕生日である1986年8月30日にオーディションなしの特待生としてジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)に入所。
芸能界入りした当初は佐藤敦啓として活動し、1998年3月から芸名を佐藤アツヒロに改名しています。
1987年に光GENJIとしてレコードデビューすると、端正なビジュアルで多くのファンの支持を集めました。
見た目に反して天然キャラの佐藤は、末っ子メンバーということも相まって他のメンバーからもとても可愛がられていました。
高校2年生の頃から作詞を始めた影響で、光GENJI時代に発表した自身のソロ曲はほとんど佐藤が作詞を手掛けています。
光GENJI SUPER 5が解散した1995年以降も佐藤は精力的に活動し、同年12月には初のソロシングル『RISKY LOVE』をアツヒロサトウ名義でリリース。
1996年1月25日には自身も制作に携わったソロアルバム『eyes』をリリースし、オリジナリティ溢れる音楽を届けてきました。
後輩との繋がりも深く、2003年12月から2004年1月にかけて開催された嵐の年越しコンサート「WINTER CONCERT 2003-2004〜LIVE IS HARD だから HAPPY〜」では、佐藤がスーパーバイザーを務め、選曲や演出に携わりました。
また、佐藤に憧れてジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)を目指したというKinKi Kidsの堂本剛からは作詞のオファーを受けて、オリジナル曲『誰かさん』を楽曲提供しました。
同作は、堂本剛が2004年に発表した2枚目のソロアルバム『[síː]』に収録されています。
2000年代前半からは舞台出演を通して様々な演出家と出会い、「室温~夜の音楽~」「天使は瞳を閉じて」「LYNX~リンクス」を始めとした独創的な舞台を作り上げてきました。
原点を忘れない実直な面もあり、2012年以降はローラースケートの練習を再開。
佐藤も練習場として利用していたムラサキパーク東京の移転時には、スケーターの聖地に対する感謝をInstagramに投稿していました。
2022年、同じく光GENJIだった内海光司とユニットU&Sを結成。
内海もまたローラースケートの練習を続けていたことで佐藤と会うことも多く、今回のユニット結成に繋がったようです。
2023年10月5日には、U&Sのデジタルシングル『UpdateS』が配信リリースされました。