1980年代後半に流星の如く登場したアイドルグループ光GENJIをご紹介します。
彼らの活躍がジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)の人気を確立したと言っても過言ではありません。
この記事では、光GENJIのメンバーのプロフィールや経歴、グループ結成の経緯から現在の活躍までを徹底解説。
伝説のアイドル光GENJIの魅力に迫ります。
目次
光GENJIとは
光GENJIは、1987年から1995年に掛けて活動していたジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)の7人組男性アイドルグループ。
メンバーは、内海光司・大沢樹生・諸星和己・佐藤寛之・山本淳一・赤坂晃・佐藤敦啓(現 佐藤アツヒロ)で構成され、ジャニーズ初のローラースケートで歌い踊るアイドルとして人気を博しました。
光GENJIのグループ名の由来
光GENJIというグループ名は「源氏物語」の主人公・光源氏に由来していると言われており、元々別のグループだった「光」と「GENJI」が合体して光GENJIが誕生しました。
また「超新星からのメッセージ」というキャッチフレーズは、彼らがデビューした1987年に大マゼラン雲で超新星爆発(SN1987A)が観測されたことに着想を得ています。
したがって『パラダイス銀河』や『STAR LIGHT』といった彼らの代表曲には、光や星、銀河、宇宙等をテーマにした作品が多く見られます。
1994年に大沢樹生と佐藤寛之が脱退したため、1995年に解散するまでの約1年間はグループ名を光GENJI SUPER 5(ひかるゲンジスーパーファイブ)に改めて活動していました。
グループ結成からデビューまで
1987年3月25日に光GENJIの前身グループ「GENJI」が結成され、田代秀高・諸星和己・佐藤寛之・佐藤敦啓(現 佐藤アツヒロ)がメンバーに選出されました。
1987年4月5日、TBS系列で放送されていた「全国歌謡選抜 サブロー・シローの歌え!ヤング大放送」にてGENJIがレギュラーに抜擢されると、初のオリジナルソング「今、君と歌いたい」をオープニングで毎回披露するようになります。
その後、田代秀高の脱退後に山本淳一と赤坂晃が加入し、GENJIは5名体制になりました。
1987年6月には、内海光司と大沢樹生から成るユニット「光」がGENJIと合体したことで光GENJIが結成され、1987年8月19日には『STAR LIGHT』でレコードデビューを果たしています。
光GENJIのメンバープロフィール Part.1
内海 光司(うちうみ こうじ)
内海さんから、「ロケ終わりました!」とご連絡ありました!
O.Aを楽しみにお待ちください。#内海光司#佐藤アツヒロ#こんなところでキャンパーズ pic.twitter.com/PYo6Qu0199— U&S official (@UandS_official) September 29, 2023
- 生年月日:1968年1月11日
出身地:東京都荒川区東日暮里
身長:178㎝
血液型:A型
星座:やぎ座
趣味:映画鑑賞、スポーツカー、特撮、ガンプラ
特技:寝言、剣道、スノーボード
メンバーカラー(光GENJI時代):青
光GENJIの最年長メンバーであり、グループのリーダーを担っていたのが内海光司です。
内海は、オーディション無しで事務所に入所した超エリート。
中学2年生の時に友達とジャニーズファミリークラブ(現 FAMILY CLUB)へ遊びに行った際にスカウトされ、1981年12月にそのままジャニーズへ入所しています。
入所後もすぐに頭角を現し、翌年にはジャニーズJr.で結成されたユニット・イーグルスのメンバーに選出されました。
同グループは、当時放送されていたアニメ「イーグルサム」の主題歌を担当し、1983年3月25日にレコードデビューを果たしています。
しかし、グループが自然消滅してしまったため、同じくイーグルスのメンバーだった大沢樹生とユニット「光」を結成。
後に「GENJI」と合体し、光GENJIとして再びデビューを果たしました。
光GENJI SUPER 5解散以降は、俳優・歌手・タレントとしてソロ活動を開始。
舞台出演にも力を入れており、2003年には世界的ロングヒットを誇るアガサ・クリスティーの名作「マウストラップ 〜ねずみとり〜」の日本初演舞台に出演。同作における内海の出演数は、再々演まで含めると100回以上に及びます。
内海はとても温厚な人柄で、光GENJI時代についても「あの時期があるから今の僕がある。楽しいことのほうが多かった」と明かしています。
2022年8月19日、光GENJIのデビュー35周年の日に佐藤アツヒロと「U&S」を結成。
現在も精力的に音楽活動を展開するほか、バラエティ番組への出演も増加しています。
大沢 樹生(おおさわ みきお)
- 生年月日:1969年4月20日
出身地:東京都文京区本郷
身長:178㎝
血液型:A型
星座:おうし座
趣味:映画鑑賞、演劇鑑賞
特技:パチスロの目押し
メンバーカラー(光GENJI時代):紫
大沢樹生は、抜群のスタイルと端正な顔立ちで人気を集めたメンバーです。
姉が履歴書を送ったことで、小学6年生の時にジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)のオーディションを受け、1982年1月に正式に事務所へ入所しています。
内海と同様、1983年にJr.内ユニット・イーグルスのメンバーとしてレコードデビューを果たしますが、その後グループは自然消滅。
それ以降は、当時NHKで放送されていた人気音楽番組「レッツゴーヤング」にサンデーズの一員としてレギュラー出演していました。
最終的に内海と「光」というユニットを組み、そのまま光GENJIのメンバーとして1987年に再びレコードデビューを果たします。
自らを「目殺師」と称するほど目力が強く、正統派二枚目として人気を確立。
運動神経が非常に高く、光GENJI時代にはローラースケートを履いた状態でのバク転や連続バク転といった高難度のアクロバットを披露してきました。
1994年8月31日には光GENJIから脱退、同時に事務所からも退所し、個人事務所「サクセス」とファンクラブ「MOST」を設立。俳優業と並行して音楽活動も継続しています。
2013年には、前妻・喜多嶋舞との間に生まれた長男と親子関係がないことが判明して話題になりました。
現在は写真家Jesse Rayとして活動する長男との2ショットを公開するなど、親子関係は良好な様子。
2008年に再婚した女性との間には長女が誕生し、こちらも微笑ましい日常をInstagramで公開しています。
2014年には大沢が初監督を務めた映画『鷲と鷹』が公開。本作では大沢と諸星和己がW主演を務めており、20年ぶりとなる豪華なタッグが大きな反響を呼びました。