【2021年最新】茨城県出身の有名アーティストを一挙紹介!

【2021年最新】茨城県出身の有名アーティストを一挙紹介!

水戸納豆をはじめ、鍋-1グランプリでグランプリを獲得したあんこう鍋、ほしいも、サバなど美味しいものがたくさんあり、Jリーグの鹿島アントラーズの本拠地で、筑波研究学園都市も擁する、茨城県からも多くのアーティストが誕生しています。

そして毎年ROCK IN JAPAN FESTIVALが開催されているほど、ロックが盛んな場所です。

今回は茨城県出身のアーティストをご紹介します。

石井竜也(米米CLUB)


「浪漫飛行」「君がいるだけで」といった多くのヒット曲を持ち、ステージでの奇抜な衣装と迫力のパフォーマンスで人気のバンドが米米CLUBです。

石井竜也さんは、バンドではカールスモーキー石井として、メインボーカルを務めています。

ポイント

現在は音楽だけでなく、現代アーティスト、映画監督など、ジャンルを横断しながら多彩な活動をしています。

北茨城市の老舗和菓子店に生まれた石井竜也さんは、お父さんの影響で3歳から油絵を描き始めます。

日展に入賞するなど、画商が付くほどの本格派で、将来は画家を目指していました。

アートの勉強のために文化学院に入学し、そこで知り合った仲間とバンド米米CLUBを結成します。

1985年に「I・CAN・BE」でメジャーデビューし、石井竜也さんの感性を活かした、斬新でゴージャズなビジュアルとパフォーマンスで、一躍注目を集めます。

その後は、カラオケの定番「浪漫飛行」や、ドラマ「素顔のままで」のテーマソング「君がいるだけで」などのヒットで、J-POPを代表するバンドになりました。

MEMO

現在では音楽活動と並行して、多くのイベントでインスタレーションを展示するなど、現代アーティストとしても活動しています。

寺内タケシ


土浦市出身の寺内タケシさんは、エレキの神様とも言われる、日本のギタリストの元祖的な存在です。

MEMO

お父さんは筑波研究学園都市を推進した実業家で、寺内タケシさんを入学させるために、土浦第三高校を設立したそうです!スケールが凄すぎますね。

5歳でギターを弾き始めると、自作のギターを制作するほどギターに熱中します。

1962年にロカビリーバンド寺内タケシとブルー・ジーンズを結成。

「津軽じょんがら節」をエレキギターで演奏するエレキ民謡や、加山雄三さん主演の映画「エレキの若大将」に出演、NHK紅白歌合戦出場などで人気となります。

ロシア、アメリカ、ブラジル、アルゼンチンなどでもコンサートを開催し、世界中にファンがいます。

また、エレキギターの普及のために、高校で演奏するハイスクールコンサートを1500校以上で開催。

ポイント

この活動により、文部大臣感謝状、文化庁長官表彰などなど、その功績が高く評価されています。

堂島孝平


シンガーソングライターの堂島孝平さんは、生まれは大阪府ですが、生後3ヶ月から茨城県取手市で育ちました。

究極のキラメキという意味の「Hard Core POP!」をテーマに、ハードコアな気持ちで新しいポップキュージックを生み出し続けています。

幼少期からピアノを始め、その後ギターも弾き始めます。

取手松陽高校在学中に、高校生のバンドコンテストに出場し注目されました。

18歳でシングル「俺はどこへ行く」でメジャーデビュー。

アニメ「こちら葛飾区亀有公園前派出所」や「チョコラBB」のCMソングを手掛け、KinKi Kidsが出演していたテレビ番組「堂本兄弟」の出演で一躍人気となります。

MEMO

共演していたKinKi Kidsや、藤井フミヤさん、ザ・コレクターズ、アイドリング!!!などにも楽曲提供をしています。

Jリーグのサンフレッチェ広島の熱心なサポーターで、マスコットのサンチェくんのテーマ曲を制作すると、この曲がチームのオフィシャル・ソングにも採用されました。

TOSHI-LOW(BRAHMAN)


ハードコアと民族音楽などをミックスしたロックバンドのBRAHMANで、ボーカルを務めているのがTOSHI-LOWさんです。

BRAHMANは、日本語と英語を使い分けながら、仏教や哲学をモチーフにした歌詞が特徴です。

FUJI ROCK FESTIVAL、SUMMER SONIC、AIR JAMなどのフェスの常連で、世界各国でライブをしています。

MEMO

水戸市出身のTOSHI-LOWさんは、5歳から始めた水泳で関東大会に出場し、キックボクシングもしているため、現在でも格闘家のような筋肉美として知られています。

ステージでの鬼気迫るパフォーマンスも含めて、「鬼」と称されているほど。

インタビューで「音楽が凄いとは思わないが、バンドが凄い」と発言するなど、BRAHMANというバンドを大事にしています。

地元の茨城県には頻繁に足を運び、水戸市のライブハウスで、エレファントカシマシとライブを行ったこともあります。

奥さんは、女優のりょうさんで、2人のお子さんのお父さんです。

グリコの「ビスコ」のCMでは、TOSHI-LOWさん、りょうさん、お子さんが共演し、曲もTOSHI-LOWさんが担当しました。

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山田将司(THE BACK HORN)


激しいサウンドとエモーショナルな歌詞で人気の、THE BACK HORNのボーカル山田将司さんも茨城県出身です。

土浦湖北高校を卒業後に、東京ビジュアルアーツに入学して、THE BACK HORNを結成しました。

心をふるわせる音楽を届けるKYO-MEIをテーマに、活動しています。

2001年にシングル「サニー」でメジャーデビュー。

多作なバンドで、デビュー以来ほぼ毎年シングルをリリースしています。

アニメ「機動戦士ガンダム00」のエンディングテーマに起用された「罠」で、オリコン週間シングルチャート9位を記録。

ポイント

FUJI ROCK FESTIVAL、ROCK IN JAPAN FESTIVALなどのフェスでは、メインステージの常連でもあり、激しいライブパフォーマンスで知られています。

シングル「あなたが待っている」には、10年来の付き合いの宇多田ヒカルさんも参加しました。

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城之内早苗


AKB48のプロデューサー秋元康さんが、1980年代に手掛けていたアイドルグループがおニャンこクラブで、そのメンバーだったのが城之内早苗さんです。

現在は演歌歌手として活動しています。

Jリーグの鹿島アントラーズのホームタウン神栖市出身です。

ポイント

幼い頃から民謡や三味線に親しみ、中学2年生のときに応募した、テレビ番組「全日本演歌選手権」がきっかけとなってスカウトされます。

1985年にテレビ「夕やけニャンニャン」のオーディションに合格し、おニャンこクラブに加入。

芸能人ではなく、素人がメインのメンバーとなっていたおニャンこクラブは、中高生を中心にブームとなり社会現象にまでなりました。

当初から演歌志望だった城之内早苗さんは、おニャンこクラブ在籍時の1986年に、秋元康さん作詞の「あじさい橋」で演歌歌手デビューします。

この曲が、演歌史上初で唯一のオリコン総合シングルチャートで初登場1位を獲得。

おニャンこクラブ解散後は、演歌歌手・タレントとして、リリースやコンサート、テレビ「あさイチ」「秘密のケンミンSHOW」「年忘れにっぽんの歌」の出演など、精力的に活動しています。

最後に

茨城県出身のアーティストはいかがでしたか?

常識にとらわれずに新しいジャンルや分野を開拓する、パワフルなアーティストが多いですよね。

それでは今回は以上になります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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