K-POPブーム前夜 1990年代を風靡した韓国アイドルと名曲10選

K-POPブーム前夜 1990年代を風靡した韓国アイドルと名曲10選

毎日のように新たなアイドルが誕生し、次々と楽曲を発表していくK-POP界ですが、音楽番組やバラエティ番組などで必ず見られる光景が「先輩アイドルグループ曲のカバーを披露する」ことです。

また、過去の名曲をK-POPアイドルがカバーし披露する番組や、90年代に流行した曲をランキング形式で振り返る番組などが制作され、数々の名曲が再注目されています。

K-POP」という名前が日本に浸透する以前にも、たくさんの名曲を残したアイドルたちが存在していました。そして、現在は後輩たちがその曲を受け継ぐことで当時を直接知らない若者にも新たな記憶として残っています。

今回は1990年代に活躍したK-POPアイドルと、彼らが発表した曲にスポットをあてて当時を振り返ってみようと思います。さらに、その名曲たちを今のアイドルがカバーした映像も準備しました。当時の音楽と聞き比べてみてください。

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소방차(ソバンチャ)【어젯밤 이야기(オジェパム・イヤギ)】


おそらく日本で初めてK-POPアイドルの曲が、世間にお披露目された楽曲かもしれません。イントロを聞いてピンときた人は多いはず!

この曲を歌っているのは「ソバンチャ(消防車)」という韓国初の男性アイドルグループです。デビュー曲でもあった「オジェパム・イヤギ(ゆうべの話)」が大ヒットしました。

今までバラードが中心だった韓国歌謡業界に「歌って踊れる男性グループ」が突如出現したのです。映像を見てもらうとわかるのですが、3人組で頭に鉢巻のようなものをしてアクロバティックを披露する…。ある日本のアイドルグループを想像しませんか?

当時、韓国では日本のジャニーズアイドルのようなグループを発展させたいという考えがあり、ソバンチャもそのグループの1つでした。また、1980年代までは日本のテレビ番組や音楽を放映することができなかったので、日本の音楽やアイドルに興味を持っていた観客たちはソバンチャという新しい音楽の形を歓迎しました。

「オジェパム・イヤギ」は、シンガポールや台湾などでも大人気となり聞き慣れない韓国語が呪文のように、そして言葉遊びのような感覚で取り入れられました。そして1996年、日本にも「オジャパメン」として輸入され、ブームが巻き起こったのです。

「オジャパメン」を歌っていたのは、当時大人気バラエティ番組だった「ダウンタウンのごっつええ感じ」に出演していたダウンタウンや東野幸治、今田耕司、蔵野孝洋、板尾創路です。「オジャパメン」は、この番組のエンディング曲として採用されスカジャンに身を包んだお馴染みのメンバーが日本語ではなく、韓国語をそのまま歌いました。

MEMO

ソバンチャは「オジャパメン」の表記で日本限定のシングルを発売しています。

「オジェパム・イヤギ」は韓国でも何度もカバーされた曲です。1994年にデビューした5人組ボーイズグループZEST(ゼスト)は「オジェパム・イヤギ」をリメイクした「Last Night Story」がデビュー曲になっており、カバー曲というよりはラップあり、ダンスありという全く新しい曲に変身しています。

1997年には、大人気歌手IU(アイユー)がソバンチャのデビューから30年という時を超えて「オジェパム・イヤギ」をカバーしました。エレキギターを取り入れたレトロサウンドが原曲を彷彿とさせ、80年代にタイムスリップしたかのような感覚になります。

MVではインテリアや雑貨にもレトロ感を取り入れており、当時を知らない若者にもファッショナブルなMVとして話題となりました。

ソテジ・ワ・アイドゥル【난 알아요(僕は知っている)】


ソテジ・ワ・アイドゥルは、ソバンチャとはまた違ったアプローチで韓国歌謡界に新たなスタイルを持ち込みました。それが「ヒップホップ」です。当時、韓国語でのラップは不可能だという意見があった中、見事に韓国語でラップを披露し、ダンスもヒップホップダンスという初めてのダンススタイルを披露しました。

当時はバンドの生演奏をバックに歌うスタイルが主流だった中で、髪を染め、ストリートファッションに身を包み、ラップやダンスを披露するソテジ・ワ・アイドゥルの姿は若者にとって真似したくなる理想像となったと思います。

ソテジ・ワ・アイドゥルは、1992年にデビューしたグループで、ソ・テジ、イ・ジュノ、ヤン・ヒョンソクの3人で構成されています。「ヤン・ヒョンソク」の名前にピンときた人もいるかもしれません。そうです。BIG BANGや2NE1を輩出したYGエンターテインメントの元代表を務めていたヤン・ヒョンソクです。

グループ名はリーダーであるソ・テジの名前に、韓国語で「〜と」という意味がある「ワ」を組み合わせ「アイドゥル」をプラスしました。「アイドゥル」は「アイドル」ではなく「子供たち」という意味の「아이들(アイドゥル)」となっています。直訳すると「ソテジと子供たち」になりますが「仲間たち」と解釈したほうが合っていますね。

「난 알아요(僕は知っている)」は、歌謡界に衝撃を与えた一方で、今までの大衆歌謡を聞いていた人や音楽評論家からは批判され続けました。

また、ソテジ・ワ・アイドゥルの楽曲はDJサウンドやヘヴィメタルから成り立っており、さらに韓国の伝統音楽をバンドサウンドとコラボさせた楽曲もあり、変化を受け入れられない大人たちはいい表情をしませんでした。

批判も受けたソテジ・ワ・アイドゥルでしたが「난 알아요(僕は知っている)」は音楽番組の1位を総なめにし、その後も彼らがアルバムを出す度に100万枚を突破する売上を記録しました。

そして、反体制を歌う「ギャングスタ・ラップ」というジャンルを広めたのもソテジ・ワ・アイドゥルです。社会を批判しながら自分たちの考えを貫く歌詞は、歌詞の内容が不適切だと判断され、歌詞が削除されるという問題もありました。

また、政治や平和を歌う歌詞はテレビ放映にも適さないと判断されたこともあります。しかし、いくら世間から批判されても自分たちのスタイルを決して変えませんでした。そこがソテジ・ワ・アイドゥルが国民から愛された理由でもあると思います。

MEMO

人々が言葉にできないことを歌に変えて世の中に発表していく彼らを「文化大統領」と評価しています。

ソテジ・ワ ・アイドゥルは人気絶頂の中解散してしまいましたが、その後もリーダーのソ・テジはソロアーティストとして独自の世界観を持った楽曲を発表しています。

現在、ソテジ・ワ・アイドゥルの精神を見事に引き継いでいるのがBTSだと思います。BTSはソ・テジの25周年記念アルバムに参加し「Come Back Home」をカバーしました。その他にも「class idea」を歌謡祭で披露しています。BTSからソテジ・ワ ・アイドゥルを知ったというファンもいたのではないでしょうか。

BTSも「社会に対する不満や抑圧から音楽で守っていく」というグループコンセプト持っているので、ソテジ・ワ ・アイドゥルのように国民に愛されるグループになると思います。

DJ DOG(ディージェイ ディーオーシー)【Run To You】


DJ DOCは、1994年にデビューした男性3人組ヒップホップグループです。「アイドル」の枠ではないのですが、90年代の音楽を変えたグループということで紹介します。

DJ DOCは、今の韓国ヒップホップ界の元となったグループだと思います。ゴリゴリのヒップホップばかりではなく、ディスコやレゲエミュージックを取り入れ、クラブやカラオケで盛り上がるような楽曲が多いことが特徴です。その中でも様々なアーティストがカバーしたのが「Run To You」です。

しかし「ヒップホップ=悪い印象」は変わらず、社会を批判した歌詞と過激なファッションは大衆に受け入れられませんでした。アルバムの売上は好調なものの、テレビ放映に関しては放送不可判定をもらったこともあります。

韓国国内ではBIG BANGやEpick Highなどビッグアーティストが「Run To You」をカバーし、来日公演をしたアイドルたちも日本のファンのために自身のコンサートで「Run To You」を披露しました。

また、DJ DOCは若者を中心に人気を広げ、その人気は海を越えました。台湾や日本でも「Run To You」の曲をカバーするアーティストが現れたのです。日本でこの曲をカバーしたのはDJ OZMAです。日本での曲名は「アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士」として人気を博しました。

TURBO(ターボ)【White Love】


韓国人にとって、冬になると思い出す曲の1つとなっているくらい人気を得た曲です。映像の2曲目が「White Love」です。メドレーになっているので、ステージパフォーマンスとともに楽しんでみてください。

TURBOは、1995年にデュオとしてデビューしました。90年代は2人組で活動していましたが、メンバーの脱退や加入があり2015年の再結成時からは3人組で活動しています。

ユーロビートやエレクトロニックを使った楽曲が多く、若者を中心に人気を獲得しました。さらに、ボーカルのキム・ジョングクのハイボーンボイスが魅力となっています。今の音楽業界でもここまでのハイトーンボイスが出せるボーカリストは少ないのではないでしょうか。ボーカルとラップがミックスされた歌い方も聞きやすく、デビュー曲から音楽番組1位を獲得する人気がありました。

また、ユーロ調の曲だけではなく、ジャズやバラード、ロックといった多様なジャンルの楽曲を発表しているところもTURBOが人気となった理由だと思います。自分たちの音楽スタイルは変えずに常に新たな挑戦をしました。

「White Love」は、コヨーテという人気グループが2010年にカバーしたこともあり、そこから遡ってTURBOを知ったという人も多かったと思います。

また、TURBOは冬に関係する曲をもう1曲ヒットさせています。「회상 December」という曲なのですが、「White Love」とはまた違った印象を残すバラード曲となっています。

MEMO

「회상 December」はSUPER JUNIOR K.R.Y.やFly To The Skyなどのアーティストにカバーされており日本のファンからも人気を得た曲です。

このようにTURBOは年代を問わず国民的人気を博したグループだと思いました。TURBOの凄いところは、解散まで常に音楽番組で1位を獲得し続けたことです。さらに、2015年に再結成して発売したアルバムでも1位を獲得しました。TURBOの楽曲は全てが名曲といってもいいくらいの人気だったグループです。

TURBOは1998年で活動を終えましたが、その後ボーカルのキム・ジョングクはバラード歌手となり、さらにバラエティ番組で大活躍をしました。現在でも様々なバラエティ番組に出演しています。

今回準備した映像は「ELRIS(エリス)」という女性アイドルグループが「White Love」をカバーした映像です。ELRISは、名曲をリメイクして本人の前で披露するという番組に出演し、TURBOのキム・ジョングクの前で「White Love」を披露しました。

H.O.T(エイチオーティー)【빛(HOPE)】


K-POP好きなら1度は聞いたことがあるのでは?というくらい数々のアーティストがカバーしている名曲です。

H.O.Tは、現在でも韓国の大手芸能事務所として名高いSMエンターテインメントから1996年にデビューした男性5人組のグループです。H.O.Tというグループ名は「High-five Of Teenagers」の略で「10代の勝利」という意味を持っています。

その名の通り、H.O.Tは10代を代表する形で作られたグループで、アイドルの低年齢化もH.O.Tから始まりました。また、以前からの仲間で結成されたのではなく、事務所が作ったコンセプトに合わせて結成されたグループというのも当時は珍しいものでした。

その他にも、現在では様々なアイドルが自分たちのペンライトを作っていますが、90年代はペンライトではなく風船を使って応援していました。その応援方式をメジャーにしたのもH.O.Tです。

さらに東方神起は「パールレッド」、SUPER JUNIORは「パールサファイアブルー」というようにグループカラーがあるのですが、そのグループカラーを最初に広めたのもH.O.Tです。今では当たり前の光景となっていますが、そのベースを作ったのはH.O.Tなんです。

また、ボーカルとラップを合わせた歌い方を浸透させたグループの1つでもあります。当時はソテジ・ワ・アイドゥルが人気を博していましたが、ソテジ・ワ・アイドゥルの解散と入れ替わるようにH.O.Tがデビューしており、新たなアイドル像が作られた瞬間でもありました。

H.O.Tは「伝説のグループ」とも称され、大変な人気を誇っていました。なんとイベントでH.O.Tを見たファンが失神するという話までありました。その数およそ200人!!音楽番組ではファンの歓声で歌が聞こえないのでは?と思うくらい熱狂的な応援がありました。

「빛(HOPE)」は、曲名の通り希望を歌った曲で、聞いていてとても幸せに感じられる曲調と歌詞になっています。この曲が発売されたのは1998年のことで、韓国では「国際通貨基金危機(IMF危機)」が起こり国民の生活が大変な時期でもありました。

会社をリストラされたり、生活に苦しくなった国民が自らの命を経つなど、韓国では毎日のように暗いニュースで溢れていました。そんなとき、国民の光となったのが「빛(HOPE)」です。

「ビジネスで失敗しても恋に失敗しても」という歌詞や「僕たちみんなで立ち上がろう」「みんなで手を繋ごう」という歌詞など、心を打たれる言葉が散りばめられていました。笑顔で踊るH.O.Tを見て、どれだけの人が救われたでしょうか。

ただカリスマ性があるだけではなく、希望や笑顔を与えられるのがアイドルの役割でもあるということをH.O.Tが証明したのです。

H.O.Tは2001年に解散しましたが、2018年に奇跡の再結成を果たしました。コンサートのチケットは即完売、現役のアイドルたちもこぞってコンサートに足を運ぶ光景が見られ、H.O.Tの人気は時を経ても衰えていませんでした。

現在では「빛(HOPE)」がどのように歌われているのか、H.O.Tが所属したSMエンターテインメントの後輩たちがカバーした映像を準備しましたので、H.O.Tのオリジナルと一緒に聞いてみてください。

S.E.S.(エスイーエス)【LOVE】


S.E.S.は、韓国初の女性アイドルグループです。メンバーのパダ(Sea)ユジン(Eugene)シュー(Shoo)の頭文字からとってグループ名としています。H.O.Tと同じSMエンターテインメントから1997年にデビューしました。

メンバーのユジンは英語を、シューは日本語が話せることもあり、グローバルな活躍を期待されていました。特にシューは在日韓国人として日本で生活していたこともありました。そのため、S.E.S.は日本の番組出演時にも通訳を使わずに自分たちの言葉で話していました。

また、S.E.S.は日本デビューもしており日本語でのCDも数多く発売しています。さらに日本のバラエティ番組や音楽番組にも出演した経験を持っているんです。当時、日本ではSPEEDが人気だったことから「韓国のSPEED」と紹介されたこともありました。

特に「夜もヒッパレ」という番組では、数々の日本語の曲をカバーし、S.E.S.という存在を広げていきました。しかし、当時日本は韓国の文化に馴染みが薄かったため、大ヒットとまではいきませんでした。

S.E.S.の楽曲はR&B調の曲が多く、激しいダンスの中にも女性らしさを見せるようなスタイルを持っています。また、パダの歌唱力の高さとユジンとシューのダンススキルも当時は珍しく、可愛らしいだけではない実力の高さも評価されました。

MEMO

結成当時、世界ではTLCというグループが人気を持っており、S.E.S.はTLCを意識したとも言われていました。

S.E.S.がデビューしたことで、他の事務所もS.E.S.に匹敵する女性アイドルグループを誕生させ始めました。また、SUPER JUNIORのリョウクはS.E.S.のファンであったことを公言していますし、BoAも「練習生時代によくS.E.S.の曲を聞いていた」と、S.E.S.に影響された現役アイドルは数多く存在しています。

「LOVE」は、1999年に発売された3rdアルバムのタイトル曲です。このアルバムはS.E.S.の中でも最も多く売り上げたアルバムで、年間4位という成績を修めています。また、S.E.S.のCD総売上は350万枚以上にものぼり、2019年にTWICEが記録を塗り替えるまで20年間もトップの座についていました。

S.E.S.は2002年に解散してから15年後に、デビュー20周年を記念して再結成されました。そのときに発売したアルバム「Remember」「LOVE」をリメイクした「Love [story]」を収録しています。

S.E.S.はカバーではなく、本人たちが15年の時を超えて歌った「Love [story]」のMVを準備しました。いい意味で変わらない、いい意味で変化したS.E.S.が感じられます。

NRG(エヌアールジー)【Hit Song】


「オジェパム・イヤギ」で一世を風靡したソバンチャのメンバーだったキム・テヒョンとチョン・ウォングァンが設立した事務所より1997年にデビューした5人組ボーイズグループです。

MEMO

グループ名は「New Radiancy Group」の略で「新しい光を放つ」という意味があるそうです。

NRGは、もともとHAMO HAMOというデュオとして活動していたイ・ソンジンとチョン・ミョンフンがグループの中心となり、そのバックダンサーだったノ・ユミン、ムン・ソンフン、他のグループで活動していたキム・ファンソンが合流して作られました。

NRGは、個性が光るメンバーが集まったグループではないかと思います。個人の考えが強すぎたこともあり事務所と対立、途中でイ・ソンジンとチョン・ミョンフンが脱退してしまうという波乱もありました。

グループの核であったメンバー2人の脱退だったため、グループの存続も危ぶまれましたが、NRGは3人での活動を行うことを決めました。ダンサーだったメンバーが歌もメインで歌っていかなければならないという状況はなかなか厳しいものが感じられましたが、それが逆にメンバーの絆を固めることになったのかもしれません。

NRGは、韓国での活動を行いながら中国進出も行なったグループです。当時はまだ海外で活躍するグループが少なかったため、NRGは中国で大人気のグループとなりました。しかし、2000年に中国での活動を終え帰国した後、キム・ファンソンがウイルス性肺炎にかかり19歳の若さで亡くなるショッキングな出来事もありました。

キム・ファンソンの死去を受け、脱退していたイ・ソンジンとチョン・ミョンフンがNRGに復帰、4人での再出発を誓いました。しかし、2005年にメンバーの1人が脱退したことにより活動休止となりました。

NRGの楽曲はバラエティに富んだ楽曲が多いと思います。ディスコ調のリズムを取り入れた楽曲が多くコミカルな曲もあれば、しっとりとしたバラードも歌えるアイドルです。いい意味でアイドルらしくない楽曲もありますが、それがNRGの世界観とマッチしているので受け入れてしまうのです。

「Hit Song」は、5枚目のアルバム「Hit Song」のタイトル曲です。この曲は、4人体制となったNRGが音楽で再び世間の注目を集める曲となりました。前作のアルバムが、亡くなったキム・ファンソンを追悼するかのような悲しげな楽曲が多かったこともあり、NRGの新たなイメージを印象付ける曲として大ヒットしました。

NRGは、2016年に再結成を果たしファンミーティングを行なっています。さらに2017年にはデビュー20周年を記念したアルバム「20世紀」を発売しました。このアルバムにはメンバー5人のときのヒット曲「ティファニーで朝食を」「Hit Song」のリミックスも収録されました。

再結成はイ・ソンジン、チョン・ミョンフン、ノ・ユミンの3人での再結成となりましたが、当時を彷彿とさせるパフォーマンスを見せていました。

神話(シンファ)【T.O.P】


韓国の最長寿アイドルでもある神話は、1998年にSMエンターテインメントよりデビューしました。デビュー当時からメンバーの入れ替わりもなく、兵役中の活動休止期間はありましたが、現在も活動を続けている6人組ボーイズグループです。

SMエンターテインメントにはH.O.Tという大人気グループがいましたが、その後輩グループとなります。神話は音楽だけではなく、バラエティ番組やドラマ、映画でも活躍し、アイドル以外の活動の幅を広げました。今までのアイドルというと「手の届かない存在」でしたが、神話はファンだけではなく、アイドルには興味がない一般の人たちまでも取り込みました。

また、グループ活動をしながらソロで活動しているメンバーもいます。ソロ活動をすると解散に結びつきそうなイメージがありますが、神話は互いの活動を理解し現在ではメンバーの所属事務所も別々になっており、神話としての活動は、メンバーが共同出資し設立した「神話カンパニー」がマネジメントをしています。

全てがアイドルとして初めての試みで、まさにアイドルの働き方改革を最初に実行したグループです。神話の後輩グループSUPER JUNIORも自主レーベル「Label SJ」を設立しています。こういった活動も、神話が道標を作ってくれたからだと思います。

神話は日本でも大活躍したグループです。現在は閉鎖されてしまいましたが、日本公式ファンクラブもありました。1990年代にはS.E.S.と一緒に様々な日本のテレビ番組にも出演し、ファンミーティングやコンサートを行なっていました。

神話の代表曲「T.O.P」は、曲を聞いてもらうとわかると思うのですが「白鳥の湖」をサンプリングした曲になっています。当時音楽業界にはクラシック音楽をサンプリングして新しい音楽として取り入れる風潮がありました。

今までは似ている曲があると「盗用」などネガティブな言葉が使われていましたが「サンプリング」という形で、自分たちの音楽にクラシック音楽を「再構築」するという方法が取り入れられました。

神話の楽曲は今まで数々のアーティストにカバーされてきました。その度にファンは「この曲は誰の曲?」と神話について調べ始め、新たなファン層を作っています。

「T.O.P」はサバイバル番組の課題曲としても登場しています。「Golden Child(ゴールデンチャイルド)」のかっこいいパフォーマンスと共に新たな「T.O.P」を聞いてみてください。

コヨーテ【純情】


1998年にデビューした3人組グループで、元祖男女混合のグループと言われています。メンバーは、ボーカルのシンジとキム・ジョンミン、ラップのベッカで構成されていますが、シンジ以外は何度もメンバー交代が行われており、2004年から現在のメンバーで活動しています。現在も活動している長寿グループです。

コヨーテの楽曲はユーロビートやディスコ調など80年代を彷彿とさせる楽曲が多いのが特徴です。また、ヒット曲も数多く発表しており、日本でもコヨーテの曲を採用した場面が見られました。それが「純情」です。

サビの部分を聞いて野球の応援を思い浮かべた人はいますか?実は千葉ロッテマリーンズのチャンステーマで歌われていた曲がコヨーテの「純情」なのです。そして、この曲をDJ OZMAがカバーしたことでも話題になりました。

DJ OZMAといえばDJ DOCの「Run To You」もカバーしていますが、「白い童話」「Disco King」「together」など、コヨーテの楽曲もカバーしています。コヨーテは盛り上がる曲が多いので、DJ OZMAのコンセプトにはピッタリですね!

コヨーテは日本の曲もカバーしています。名曲「四季の歌」「火花(プルコ)」として発表しています。当時はカバーではなく盗作ではないか?という問題もありましたが、しっとりとした「四季の歌」がダンスミュージックとしてアレンジされており、コヨーテ節が炸裂した曲へと変身しています。

コヨーテは新しい音楽を発表しながらも、80年代90年代のいいところはそのままに残していて初めて聞く世代には新しさを、前から聞いている世代には懐かしさを与えるグループだと思いました。

god(ジーオーディー)【어머님께(お母さんへ)】


1999年にデビューした5人組ボーイズグループで、国民が親しみを持ったアイドルとして「国民グループ」と呼ばれています。グループ名は「groove over dose」を略しています。

godは、今までにデビューしたH.O.Tや神話のような華やかさは正直ありませんでした。しかし、godには「歌唱力」がありました。もちろん今までデビューしてきたアイドルには高い歌唱力はありました。しかし、godは飛び抜けた歌唱力を持つメンバーが存在していたのです。

また、godは音楽以外の活動も積極的にこなしました。特に世間の注目を浴びたのが「godの育児日記」という番組です。この番組は、1歳の子供をメンバー全員で世話をするという番組で、現在ではアイドルが子供と生活をする番組がメジャーになっていますが、その元祖ともなった番組です。

この番組では育児に奮闘するアイドルとは違ったgodが見られることもあり、ファン以外の層からも人気を獲得しました。バラエティ番組を見てgodの音楽に触れた人も多かったと思います。

godは、名曲が多いことでも有名です。なんとgodをプロデュースしていたのはJYPエンターテインメントの代表でもあるJYパークことパク・ジニョン氏なのです。godは事務所設立前に、既にパク・ジニョン氏のプロデュースを受けていたグループということになります。

godは韓国男性アイドルグループ最多CD売上枚数1位を持っていたほどCDが売れたアイドルでもあります。この記録はBTSが記録を塗り替えるまでは誰にも破れなかった記録です。

godがその記録を作った時代には今のようなSNSも発達していませんしYouTubeすらない時代でした。もちろん音楽サブスクリプションのようなサービスもありませんでしたから、godの認知度は相当なものだったと思われます。

今回godの曲として選んだのは90年代に発売された楽曲でgodのデビュー曲「어머님께(お母さんへ)」です。この曲はメンバーのパク・ジュニョンの実体験が元となっており、亡くなった母を思い出し、生きているときに伝えられなかった母への気持ちを歌っています。これがデビュー曲かというくらい完成度が高く、他のアイドルとの違いがよくわかると思います。

この曲は、国民を感動させ現在でもたくさんの後輩たちがカバーしています。「어머님께(お母さんへ)」の他にもgodの楽曲は人々の悩みや気持ちを自分の代わりに歌詞にしてくれているように感じます。だからgodの曲に共感し、何年経っても聞きたくなるのではないかと思います。

godはメンバーの脱退があり、2005年に一度解散しています。しかし「解散ではなく休止だ」とファンに伝え、また戻ってくることを約束しました。そして本当に2014年にファンの前に戻ってきました。しかも脱退したメンバーもgodに復帰したのです。

完全体で復活したgodは、個々の活動も続けながら現在でもgodとしてコンサートを行うなど積極的に活動しています。メンバーの年齢は40歳を超えていますが、人気は衰えるどころか当時を知らなかったファンまでも獲得しています。

今回はgodのメインボーカルであるキム・テウが、一般公募者とコラボするという韓国のバラエティ番組に出演したときの映像を準備しました。「어머님께(お母さんへ)」の歌詞も日本語で見られるので、どんな曲なのか知っていただけたらと思います。そしてキム・テウの歌唱力の高さも感じてください。(背が高い人がキム・テウです)

まとめ

1990年代の名曲をピックアップしてみましたが、90年代は韓国ではIMF危機があったり大変な時期でもありました。だからなのか、元気が出るような楽曲が多いと感じました。

また、2017年頃は90年代に流行った曲が再燃し、それに合わせて当時活躍していたアイドルたちが続々と再結成をした年でもありました。

結成からちょうど15年や20年という節目の年だったからという理由もあるかもしれませんが、現在でも色あせない90年代の楽曲の良さを改めて感じたからだと思います。きっと10年後、20年後には今聞いている音楽が不朽の名曲として紹介されているかもしれません。

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