ももいろクローバーZ【超詳細解説】デビュー10年超! 今なおトップを走る週末ヒロインを徹底解説

ももいろクローバーZ【超詳細解説】デビュー10年超! 今なおトップを走る週末ヒロインを徹底解説

「週末ヒロイン」というキャッチコピーで2010年にデビューした「ももクロ」ことももいろクローバーZ。

メンバーの卒業を経て4人となりましたが、今でもファンに笑顔を届け続けています。

2020年にはデビュー10周年を迎えた今も、変わらずアイドル界の最前線を走るももクロ。

今回は、「今さら聞けない!」というももクロの歴史やグループの魅力を紹介していきます。

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ももいろクローバーZが辿ってきた歴史

ももクロは2010年にメジャーデビューしていますが、どういった経緯で結成したのでしょうか。

ももクロが結成してから現在まで、どんな歴史を辿ってきたのかざっと紹介します。

ももクロ結成~下積み時代

ももクロが結成したのは2007年のことです。

当時沢尻エリカさんなどの大物タレントが所属していたスターダストプロモーションで、アイドルグループを作るプロジェクトが始動しました。

そして、事務所に所属するタレントの中から選ばれた5人で仮結成されたグループがももクロの前身グループとなります。

翌2008年、メンバー変更を経て現メンバーの高城れにさん・玉井詩織さん・百田夏菜子さんの3人を含む6人となり、グループ名が「ももいろクローバー」に決定。

その年の5月、川崎アゼリアで行われた「スターダスト芸能3部オーディション」の中で「あの空へ向かって」を初披露しました。

その後は代々木公園などで路上ライブを繰り返し、地道にファンを増やしていきます。

2008年には4人のメンバーが卒業しますが、佐々木彩夏さん・早見あかりさん含む4人が加入。

インディーズからシングルをリリースしながら全国のヤマダ電機の店先を借りて全国ツアーを開催し、2009年には有安杏果さんの加入によってメジャーデビュー時のメンバーが勢ぞろいしました。

駆け出しの頃は大変だったそうで、百田夏菜子さんは当時の苦労を、「お手洗い 汗で出せよと 怒鳴られる」と川柳にしています。

数々の試練を乗り越えてきたももクロだからこそ、歌詞が心にしみるのでしょう!

メジャーデビュー後

地道な活動を続けた結果、2010年にやっとの思いでメジャーデビューシングル「行くぜっ!怪盗少女」をリリース。

しかしメディアに取り上げられることはほとんどなく、デビュー当時は一部のアイドルファンにしか認知されていませんでした。

同シングルをリリースした際に所属していたレコード会社は、売り上げを最優先するため早いペースでCDをリリースする方針でしたが、ももクロの事務所側はこれに反発。

より自由に楽曲を製作するため、自由度の高いキングレコードに移籍します。

すると、楽曲をプロデュースする宮本純乃介さんやライブ演出を担当する佐々木敦規さんとの出会いもあり、ライブ動員を着実に増やしていきました。

2010年末に日本青年館で開催したワンマンライブでは見事1200席を埋め、その光景にファンやメンバーが涙する場面が印象的でした。

ブレイクまで

順調に見えたももクロでしたが、2011年に早見あかりさんがグループ卒業を発表します。

早見さん卒業後、グループは「ももいろクローバーZ」と改名し、心機一転再スタートを切りました。

MEMO

ライブMCを担当していた早見さんが抜けたことにより、メンバーのトークやバラエティスキルの不足が浮き彫りに。そういった状況を打破すべく、各界の著名人とのトークバトルや限界に挑戦するライブを企画し、逆境を味方にして成長していきました。

さまざまな挑戦を経て多方面のスキルをつけたももクロは、当時アイドルでは珍しくロックフェスに出演したり、気志團との対バンを経験して多ジャンルからもファンを獲得。

2012年には1stアルバム「バトルアンドロマンス」が第4回CDショップ大賞で「全国のショップ店員が選ぶ、もっとも売りたい作品」の大賞に選ばれ、メディア出演も増えました。

デビュー後から目標としていた日本武道館公演を成功、年末には紅白歌合戦に初出場を果たすなど、2012年は一気にブレイクの年となりました。

ブレイクから約8年が経つ2020年現在も新たな挑戦を続けており、アイドル界トップクラスの人気を維持し続けています。

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