大谷翔平の身長、年齢、誕生日は?高校時代から現在までの軌跡を徹底解説

大谷翔平の身長、年齢、誕生日は?高校時代から現在までの軌跡を徹底解説

大谷翔平の高校時代

高校時代の個人成績は?


大谷は選抜高等学校野球大会決勝に進出した菊池雄星に憧れ、花巻東高校へ入学。当時からその運動能力と野球技術はずば抜けており、なんと1年から4番を任されることに。

さらに1年秋にはエースとして最速147km/hをマークするなど、その非凡な才能を見せつけていました。2年に進級すると最速は151km/hに達し、3年時にはアマチュア野球史上初となる160km/hをマーク。

また、打者としてもその実力を遺憾なく発揮し、高校通算本塁打数は56本に上ります。この頃は打者としての完成度が特に評価されており、ホームランバッターの資質がすでに垣間見えていました。

高校時代のチーム成績は?


大谷は2年夏に自身初の全国高等学校野球選手権大会に出場し、帝京高校と対戦しています。

大谷はこのとき怪我が原因で外野手として出場しており、投手としては4回途中から登板。全国高等学校野球選手権大会での高校2年生最速タイ記録となる150km/hをマークするも、チームは初戦敗退となります。

続く2年春の選抜高等学校野球大会にも出場しますが、ここで藤浪晋太郎を擁する大阪桐蔭高校と激突することに。大谷は打者として1本塁打を記録するも、8回9失点と打ち込まれここでも初戦敗退となってしまいます。

大谷は全国での勝利を1度も達成できないまま高校を卒業。

今の姿しか知らない方にとっては、少々意外な経歴かもしれませんね。

議論を巻き起こしたドラフト会議


全国で1勝もあげられなかった大谷ですが、その才能は広く知れ渡っており、ドラフト会議前にはメジャーリーグからも注目が集まっていました。

そして大谷はロサンゼルス・ドジャースなどとの面談を経て、2012年10月にメジャーへの挑戦を表明します。

ですがここで待ったをかけたのが、北海道日本ハムファイターズでした。同月におこなわれたドラフト会議で、日本ハムは大谷を1位指名。

大谷は当初メジャーへの挑戦にこだわっていましたが、複数回に及ぶ交渉を受け、最終的に日本ハムへの入団を決意します。メジャー挑戦を表明した選手への強行指名という、当時様々な物議を巻き起こしたドラフト会議。

しかしこの大胆な指名こそが、大谷の人生を大きく変えていくことになるのです。

大谷翔平のNPB時代

NPB時代の個人成績は?


紆余曲折ありながらも、2013年から大谷のプロ野球人生がスタート。

開幕から1軍入りするなど順風満帆な滑り出しを見せ、6月にはプロ初勝利をあげます。さらに7月には初本塁打も記録し、46年ぶりに高卒新人での勝利&本塁打を達成しました。

そして2年目にして、早くもその才能が開花します。

この年はパ・リーグ史上最速の160km/hをマークし11勝を記録。打者としても10本塁打を放ち、2桁勝利&本塁打を成し遂げました。

翌年は投手として15勝をあげるなどさらなる躍進を見せたものの、打者としては精彩を欠き5本塁打のまま終了してしまいます。

二刀流での活躍はやはり難しいか……と思われましたが、4年目のシーズンは投げては10勝、打っては22本塁打をマークし二刀流選手としての真価を発揮。

翌年は怪我の影響もあり思うような成績はあげられませんでしたが、球界に強烈なインパクトを残すことに成功しました。

NPB時代のチーム成績は?


大谷が入団した2013年、北海道日本ハムファイターズは残念ながら最下位となっています。

しかし大谷の成長に呼応するかのように、そこから次第に成績がアップ。

2014年は3位、翌年は2位、そして2016年には悲願のリーグ優勝を果たしました。そのままの勢いで広島東洋カープとの日本シリーズも制し、ついに日本一の座を獲得します。

ですが大谷が怪我で苦労していた2017年は、一気に5位まで転落してしまいました。

NPB時代に獲得したタイトルは?


華々しい活躍を見せていた大谷ですが、実はNPB時代に主要タイトルを獲得したのは2015年のみとなっています。

この年の成績は凄まじく、防御率2.24で最優秀防御率、15勝で最多勝利、勝率.750で最高勝率と投手タイトルを総なめ。

さらにチーム日本一を達成した2016年は投手として10勝、打者として22本塁打を記録し、最優秀選手に選ばれています。

この年は大谷が二刀流として本格的に成功した1年とされており、彼の評価を急上昇させる大きな転機となりました。

メジャーへの挑戦


2017年11月、大谷はポスティングシステムを活用しメジャーへ移籍することを発表しました。

様々な球団がこぞって交渉をおこないましたが、最終的にロサンゼルス・エンゼルスと契約合意。

大谷は晴れてメジャーリーガーとなります。しかしながらメジャーでの二刀流挑戦に世間は少々懐疑的。

当時は「投手か打者どちらかに絞った方がいい」「世界最高峰の舞台で二刀流は無理」と、否定的な意見が多く飛び交っていたのです。

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