今回は、BOØWYやCOMPLEXに在籍し、「POISON」「スリル」などのヒット曲を持つギタリスト布袋寅泰さん特集です。
東京パラリンピックの開会式にはロックバンドのメンバーとして出演、ボブ・ディランやデヴィッド・ボウイ、イギー・ポップ、ザ・ローリング・ストーンズ、ブライアン・セッツァーなど大物海外アーティストの作品への参加や共演も多数と、まさに日本人ギタリストのレジェンドです。
「愛をとりもどせ!!」に変わる北斗の拳の新たな楽曲イメージをと、原作者原哲夫さんから直接依頼されてテーマソング「STILL ALIVE」と「202X」も制作。
「キル・ビル」「SF サムライ・フィクション」「新・仁義なき戦い。」「ルパン三世」や「ミッション:インポッシブル」シリーズの国内宣伝用のテーマソングなど、映画主題歌も多く手掛けています。
2021年はアーティスト活動40周年のアニバーサリーイヤーということで、1月末には無観客での日本武道館公演を開催し、6月にはEP「Pegasus」もリリース。
2022年には初ドキュメンタリー映画「Still Dreamin’ 〜布袋寅泰 情熱と栄光のギタリズム~」の公開が決定しています。
奥さんは女優でシンガーの今井美樹さんで、娘さんも含めた3人で2012年からロンドンに移住しています。
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目次
布袋寅泰とは?
- 生年月日 1962年2月1日
- 出身地 群馬県高崎市
布袋寅泰さんと言えば背が高いと誰もが連想するほど高身長なのは有名で、その身長はバレーボールやバスケットでも活躍できるほどの187cm。
渡英後は、自身と今井美樹さんも所属するDADA MUSICのCEOも務めています。
布袋寅泰(ほていともやす)とは珍しい名前なのでアーティストネームかと思いますが、紛れもなく本名です。
父親は韓国人で、母親は北海道生まれでアイヌの血を引いています。
『まるでジェームズ・ボンドのようだった』と布袋寅泰さんが形容する父親は仕事柄海外出張が多かった為に、朗らかでユーモラスで『僕はどちらかと言うと母親似』と言う母親との母子家庭同然の環境で育ちました。
妹はロックバンドガラパゴスやSUPER EGOでヴォーカルをしていた狩野環さんです。
家で母親がイタリア民謡のサンタルチアをよく口ずさみ、ハリウッド映画のサウンドトラックやアルゼンチン・タンゴなどのレコードがあった家庭だった影響もあり、布袋寅泰さんは幼少期からピアノを始めます。
ですが譜面を見ながら延々と続くピアノのレッスンに耐えられず、ピアノを断念。
14歳の頃に友人や先輩達とビートルズやディープ・パープルを聴くようになり、楽器店に貼ってあったT.REXのマーク・ボランのポスターを見てエレキ・ギターに興味を持ち、それからハマっていきました。
自由な校風の私立の中高一貫校だった為、この頃から長髪や真っ赤なスーツで登校していたそうです。
高校生になって間もなく両親が離婚してからは、母親との記憶しかないそうです。
最初に買ったギターはストラトキャスターで、アルバム毎に全く違うスタイルで表現していたデヴィッド・ボウイと彼のバンドのギタリストから、ギターという楽器の奥深さを知りました。
そしてバンドBLUE FILMやジギーリギーで活動していましたが、地元で人気を二分していたバンドデスペナルティの氷室京介さんと松井常松さんと合流し、暴威が誕生しました。
BOØWYのギターとしてデビュー
1980年夏に暴威を結成。
1981年頃からライブ活動を始め、1982年1月にBOØWYに改名しました。
1982年にアルバム「MORAL」でデビューすると、ギターの布袋寅泰さんとヴォーカル氷室京介さんという2大ロックスターを擁したメロディアスでビートの効いた楽曲で人気となり、1980年代当時としては異例のミリオンセラーを連発し、シングルでもオリコンチャート1位を獲得。
BOØWYがブレイクする前に、布袋寅泰さんは久石譲さんからのオファーにより「風の谷のナウシカ」の挿入曲「王蟲の暴走」に参加。オームの鳴き声は布袋寅泰さんのギターの音色です。
日本を代表するロックバンドにまで上り詰めましたが、人気絶頂の最中1987年のクリスマスイブに解散を宣言しました。
BOØWY最後の活動となった1988年4月のライブ「LAST GIGS」では、氷室京介さんから『もうアマチュアの頃からずっと知ってるけど、こんな格好いいギタリストは日本にこれから出てこないと思います。クレイジーギター、布袋寅泰!』と、最大限のリスペクトを贈られています。
バンド解散が決まってから、仲間と離れてソロになる想像ができずアートやファッションにも興味があったので、一時は音楽を離れようとも考えるなどいろいろ悩みましたが、やっぱりギターが好きだと結局ギタリストを決意。
その誓いとして『死ぬまでギタリストでいよう』と、左肩に羽ばたいている鳥とHEAVENの文字のタトゥーを入れました。
COMPLEXやソロ・プロデューサーで活動
1988年10月に、「誰も聴いたことも見たこともない、新しい音楽や世界」をテーマとした、1st ソロアルバム「GUITARHYTHM」をリリース。
ギターとコンピューターを融合させた実験的なこのアルバムは、邦ロックの歴史に残る名盤として現在でも高く評価されています。
同年12月には、吉川晃司さんとのユニットCOMPLEXを結成し、1989年4月にシングル「BE MY BABY」をリリースしました。
吉川晃司さんはロックヴォーカリストというよりもパフォーマーを意識していた為に、布袋寅泰さんはその特性が活きるような楽曲を制作していました。
BOØWYの4th アルバム「JUST A HERO」に吉川晃司さんが参加し、布袋寅泰さんも吉川晃司さんの作品に参加していたり、毎晩飲み歩くなどCOMPLEX結成前から兄弟のような関係でした。
リリースしたシングル2作とアルバム2作の全てがオリコンチャート1位を記録するほどの人気でしたが、2年後の1990年11月8日の東京ドーム公演をもって無期限の活動休止を発表。
その後も2人の関係は修復不可能なほどに断絶することは無く、2011年には再始動し、東日本大震災のチャリティーライブ「日本一心」を開催しています。
また音楽プロデューサーとして、嵐、今井美樹さん、郷ひろみさん、コブクロ、相川七瀬さん、TOKIO、藤井フミヤさん、ももいろクローバーZ、MISIAさん、栗山千明さんなど、楽曲提供も含めて多数のアーティストをプロデュースしています。
ギタリスト布袋寅泰の特徴
レジェンドギタリスト布袋寅泰さんが愛用しているギターが、布袋寅泰モデルとして販売されている、白黒の幾何学模様のフェルナンデス・テレキャスターということはあまりにも有名です。
この白黒の幾何学模様はG柄(GUITARHYTHM柄)と呼ばれ、布袋寅泰さんのトレードマークとしてグッズなどにも使用されています。
布袋寅泰さんが影響を受けたアーティストは、デヴィッド・ボウイ、T・レックス、ロキシー・ミュージック、エルヴィス・コステロ、XTC、スパークス、クラフトワーク、ディーヴォ、トーキング・ヘッズ、ギャング・オブ・フォー、テレヴィジョン、セックス・ピストルズなど。
映画「ゴーストバスターズ」の主題歌で知られるレイ・パーカーJr.などの、ファンク系ブラックミュージックのギタリストをコピーしていたこともあります。
自身を『僕はビート・ギタリスト』と語り、歪んだサウンドを出すことは稀で、リズムを際立たせるプレイが特徴で、バンド在籍時のギターソロではテクニックよりも感情を重視していました。
楽曲制作は『ギターソロでは聴き手をほっとさせたい』『アドリブっぽくならないように』と、シンプルでも印象に残るフレーズを追及。
『日々変化してこそロックン・ロール』と、以前はビートロックやパワー・ポップを制作していましたが、ソロ以降はニューウェイヴ、ファンク、グラムロック、ポストロック、パンク、デジタルロック、テクノ、ハウス、エレクトロニカ、ドラムンベース、アンビエント、ロカビリー、レゲエなど様々な音楽を取り入れた楽曲を発表しています。
基本的にメロディから作り、『最後には解釈もコード進行も関係なく全部気持ちの豊かさがあるからこそ』とも語っています。
映画主題歌なども手掛ける
映画の主題歌やCM曲タイアップなども多数手掛けています。
- SF サムライ・フィクション(1998年) 主題歌「SAVE ME」・音楽監督
- 新・仁義なき戦い(2000年) 主題歌「BORN TO BE FREE」・音楽監督
- RED SHADOW 赤影(2001年) 主題歌「WAR DANCE」、「RED SHADOW 赤影〜愛のテーマ」
- キル・ビル(2003年) 主題歌「BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY」(新・仁義なき戦いのテーマの英題)
- 隠し砦の三悪人THE LAST PRINCESS(2008年) ユニットThe THREEで主題歌「裏切り御免」
- ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル(2011年) 日本国内向けプロモーションテーマソング
- ルパン三世(2014年) 主題歌「TRICK ATTACK -Theme of Lupin The Third-」
また、俳優として出演した作品も多く、「SF サムライ・フィクション」では高崎映画祭 最優秀新人男優賞、「新・仁義なき戦い」では豊川悦司さんとともに主演し日本アカデミー新人賞を受賞しています。
CM曲では、日清食品、任天堂、サントリー、サッポロビール、資生堂、トヨタ自動車、明治製菓/ポッカコーポレーション、TDKなどを手掛けています。
妻の今井美樹と娘の3人でロンドンに移住
妻である女優・シンガーの今井美樹さんと結婚したのは1999年です。
今井美樹さんが布袋寅泰さんの楽曲のファンで、1992年にリリースした自身の7th アルバム「flow into space」の為に楽曲制作を依頼するほど、その音楽性に惹かれていました。
布袋寅泰さんが作詞作曲した1996年11月リリースの12th シングル「PRIDE」は、香取慎吾さん主演のドラマ「ドク」の主題歌ということでも話題となり、オリコンチャート1位と160万枚以上のセールスを記録し、今井美樹さん最大のヒット曲です。
2012年には、布袋寅泰さんの音楽のルーツであるロンドンに娘さんと3人で移住。
今では流暢に英語を話す娘さんも歌やダンスが得意ですが、あまりアーティストには関心は無く、ビジネスやテクノロジーに興味があるそうです。
Instagramにある幼少期の写真からはすでに布袋寅泰さん譲りの大物感が漂っています。
布袋寅泰オススメ曲
POISON
布袋寅泰さんと言えばこの曲と連想する人も多い代表曲「POISON」は、1995年1月にリリースされました。
BOØWYらしさも感じさせるビートの効いたサウンドと、布袋寅泰さんの歌声が絶妙のバランスで融合しています。
サレンダー
資生堂のCMソングになった、降伏を意味する「サレンダー」は1994年3月リリースの7thシングルです。
ブルース・スプリングスティーンの「サンダー・ロード」や「ボーン・トゥ・ラン」にインスパイアされて制作。
12小節を同じ音階にするというロックのギターソロ初の試みで、どんな嵐が来ようとも魂だけは決して揺るぎはしないと降伏寸前から這い上がる不屈の魂を表現しています。
スリル
イントロからの「Baby Baby Baby Baby Baby Baby Baby」は、誰もが聴いたことがあるはずの「スリル」。
江頭2:50さんの登場曲のようにも思われていますが、布袋寅泰さんは『困ったことになってるなぁと』『彼も素晴らしい人』と複雑な胸中を明かしたこともあります。
ビートとリズム、ギターを意識して、メディアから聴こえてもインパクトがあり、誰の曲かすぐにわかってもらえるようにと制作しています。
バンビーナ
「バンビーナ」はセクシーな歌詞と軽快に跳ねるビートが特徴の代表曲です。
コミカルな布袋寅泰さんが見られるMVは、「POISON」「スリル」などと映画「SF サムライ・フィクション」の監督をした中野裕之さんが手掛けています。
「氣志團万博 2017」に出演したももいろクローバーZのあーりん(佐々木彩夏)さんが、ギターを弾きながらカバーしました。
ラストシーン
布袋寅泰さんのバラードの中で最も人気があるのが「ラストシーン」。
別れを歌った切ない曲ですが、悲しみに包まれるのではなく不思議と前向きになれる名曲です。
ビートやリズムだけでなく、歌詞や歌声も布袋寅泰さんの大きな魅力だと再認識させてくれます。
PRIDE
1996年11月リリースの今井美樹さん最大のヒット曲、さらには1990年代後半を代表する曲であり、布袋寅泰さんとの結婚に繋がったとも言われている名曲です。
それまでは楽曲制作など作品作りの全般に関わっていた今井美樹さんでしたが、この頃からプロデュースを布袋寅泰さんに任せて、自身は歌うことに集中し始めました。
稲垣潤一さん、徳永英明さんなど多くのアーティストにもカバーされています。
最新情報
60歳の誕生日に20thアルバム「Still Dreamin’」リリース決定!
布袋寅泰が60歳の誕生日、2月1日に通算20枚目のオリジナルアルバム「Still Dreamin’」をリリースすることが発表されました。
「Still Dreamin’」はポジティブなメッセージにあふれたアルバムで、初回限定盤の「60th Celebration Edition」と、CDのみの通常盤の2形態で発売されます。
最後に
1月の武道館公演では、同じくデヴィット・ボウイが好きで年齢も近いイエローモンキーの吉井和哉さんと初共演しています。
ロンドンに移住したとき、年齢が70代で50周年だったローリング・ストーンズが、布袋寅泰さんには恐竜のように見えたのだとか。
自分もそんな恐竜になっていくのだろうとも語る、レジェンドギタリスト布袋寅泰さんがこれから聴かせてくれるロックン・ロールも、最高なものに違いありません!
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