V6 – メンバーの年齢や名前、意外な経歴とは…?

V6 – メンバーの年齢や名前、意外な経歴とは…?

V6のメンバー紹介

V6には6人のメンバーをさらに半分ずつに分けた、年長組「20th Century(トニセン)」、年少組「Coming Century(カミセン)」という2つのグループが存在します。

ここでは、それぞれのグループごとにメンバーのプロフィールや経歴をまとめていきたいと思います。

【20th Century】:坂本 昌行(さかもと まさゆき)


生年月日:1971年7月24日
出身地:東京都
血液型:O型
身長:175cm
メンバーカラー:青

トニセン1人目のメンバーは、V6のリーダーで最年長の坂本昌行さん。
ジャニーズの中でもトップクラスの歌唱力を誇り、ミュージカル俳優としても活躍する存在です。

ジャニーズ事務所への入所日は1988年1月31日

入所のきっかけは自らの意思によるもので、高校生の時に芸能界に興味を持って様々な事務所に履歴書を送付した結果、合格したのがジャニーズ事務所だけだったと明かしています。

MEMO

同期である「TOKIO」の国分太一さんとは、同じオーディションを受けていました。

20歳の頃、デビュー出来ないことに不安を感じて一度事務所を退所。
旅行代理店に勤務していた時期があるそうです。

しかし、ある日偶然「Kinki Kids」の2人と出会った際、当時の自分の職業に劣等感を感じたことがきっかけで“やはり自分はスポットライトの下で生きていきたい”のだと再認識した坂本さんは、再びジャニーズとして生きていくことを決意。

同期の国分さんに協力してもらい、当時のジャニーズ事務所社長である故・ジャニー喜多川さん(以降、“ジャニー社長”と省略)にその思いを伝えた結果、無事に復帰することが決定します。

復帰後は「少年隊」の東山紀之さんの付き人やジャニーズSr.として舞台の仕事を中心に活動していましたが、1995年になると元バレーボール部だった坂本さんにジャニー社長からバレーボールWカップのスペシャルサポーター「V6」にバレー指導をしてほしいと依頼がかかります。

当時はコーチの仕事だと思っていたそうですが、ある時現場で「V6」のリーダーを担うように言われたことから、自分もメンバーの一員であることに気付いたそうです。

そして同年中に念願のデビューを果たしました。

【20th Century】:長野 博(ながの ひろし)


生年月日:1972年10月9日
出身地:神奈川県
血液型:A型
身長:172cm
メンバーカラー:紫

トニセン2人目のメンバーは、優しい性格でグルメタレントとしても活躍中の長野博さん。
“大人の男”を体現したかのような、セクシーな雰囲気が魅力です。

長野さんが、ジャニーズ事務所に入所したのは1986年4月1日
「シブがき隊」のファンである自身の姉により、事務所に履歴書を送付されたことが入所のきっかけだったといいます。

MEMO

あまり知られていませんが、「光GENJI」の佐藤アツヒロさんや元「SMAP」のメンバー・中居正広さん、木村拓哉さんたちよりも先輩に当たるそうです。

オーディションでは質問に対して真っ当な受け答えが出来なかったそうですが、無事に合格。

ジャニーズJr.時代から早くも大ヒットドラマ『三年B組金八先生』で俳優デビューを果たし、同じ「V6」のメンバー・坂本さんや「TOKIO」のメンバーたちと共に活躍の場を広げていきました。

その後、仕事数の減少を理由に事務所を退所し、高校卒業後には情報処理の専門学校へ進学しています。

しかし、ジャニーズを辞めてからも芸能界への未練が捨てきれずにいた長野さん。
そんな彼にジャニー社長から突然オーディションの誘いがかかり、チャンスと捉えた彼は再びレッスンに通い始めます。

専門学校には通い続けていたので、就職活動の際にジャニーズと天秤にかけて悩んだそうですが、最終的にはジャニーズとして歩む道を選択。

復帰後は本人の希望が考慮され、後輩のバックでは踊らない代わりに『少年隊』のバックダンサー、付き人等を経験します。
また、ソロでの活動は舞台が中心になっていきました。

その後も地道に仕事を続け、22歳の時にようやく「V6」としてデビューを果たしました。

【20th Century】:井ノ原 快彦(いのはら よしひこ)


生年月日:1976年5月17日
出身地:東京都
血液型:A型
身長:175cm
メンバーカラー:緑

トニセン3人目のメンバーは、「V6」や「トニセン」の楽曲制作の過程で作詞・作曲を手掛けることが多い井ノ原快彦さん。
演技力にも優れ、俳優として知名度の高い存在です。

そんな井ノ原さんが、ジャニーズ事務所に入所したのは1988年10月31日
元々「石原軍団」に憧れ、芸能界入りを夢見ていたことが入所のきっかけだったと明かしています。

MEMO

「TOKIO」の元メンバー・山口達也さんが同期です。

実際には出来ないバク転を“出来る”として参加したオーディションでは、ジャニー社長から嘘をついたことを怒られる始末。
しかし、無事に合格を掴み取ります。

入所当時まだ小学生だった井ノ原さんは、今や「V6」のメンバーとして活動を共にする坂本さんや長野さんから“おちびちゃん”の愛称で可愛がられ、自身も彼等のことを“お兄ちゃん”と呼んでいたそうです。

その後、ジャニーズJr.内のユニット「SMAP学園」「J-Eleven」に所属してダンススキルや歌唱力を着実に磨いていった井ノ原さん。

1995年、19歳の時に「V6」としてデビューすることが決定しました。

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