近年再結成したバンド&再結成が熱望されるバンド特集 パート1

近年再結成したバンド&再結成が熱望されるバンド特集 パート1

近年、伝説級のバンドの再結成が相次いでいます。

かつて熱狂のライブを繰り広げてチャートを賑わせていたと話で聴くだけだったあのバンドを、今ならリアルタイムで聴いて観れる幸運に恵まれています!

また、現在は解散しているもののファンが再結成を熱望しているバンドも数多くあるので、今回は近年再結成したバンドと再結成が熱望されるバンドを、2回に分けてご紹介していきます。

近年再結成した伝説級のバンド5選

NUMBER GIRL

1990年代後半に活動していた、記録よりも記憶に残る伝説のロックバンドNUMBER GIRL

セールスは4thアルバム「NUM-HEAVYMETALLIC」のオリコンチャート15位が最高ですが、轟音ギターと鬼気迫るライブパフォーマンス、独特なセンスの楽曲、ヴォーカル向井秀徳さんをはじめメンバーの強烈な個性で、鮮烈な印象を残しました。

ロック好きなら誰もが知っているほどの有名バンドですが、改めて経歴を簡単にご紹介します。

1995年に福岡で結成され、1999年5月にシングル「透明少女」でメジャーデビュー。

大型フェスの常連で、アメリカ・テキサス州オースティンでの海外公演も敢行するなど、ライブバンドとして最大級の評価を得ていました

そんなNUMBER GIRLですが、狂気的ともいえる音楽へのこだわりの代償として、次第にメンバーの関係がギスギスし始めます。

そして、ついにベースの中尾憲太郎さんが「自分のやりたい音楽がある」と脱退を希望し、1人でも欠けたらNUMBER GIRLではないという結論になり、2002年に解散しました。

解散はしましたが、他のバンドやソロで活動しながらも、NUMBER GIRL4人の関係が完全に途絶えることなかったそうです。

再結成を示唆したのは2018年

向井秀徳さんの「またヤツらとナンバーガールをライジングでヤりてえ」というステイトメントと、2019年のRISING SUN ROCK FESTIVAL 2019 in EZOへのNUMBER GIRLの出演が発表されました

結局RISING SUNは大風10号の影響から開催中止になりましたが、RISING SUNの前に7月27日新宿LOFTで再結成初ライブを行っています

東京事変

シングル「幸福論」で1998年5月にデビューすると、約1年半の間に「歌舞伎町の女王」「ここでキスして。」「本能」と立て続けにシングルと、1stアルバム「無罪モラトリアム」をリリースした椎名林檎さん。

独創的な言語を駆使する歌詞や様々なジャンルをミックスさせたサウンド、カリスマ的なキャラクター、渋谷系をもじって自らを『新宿系』と名乗るキャッチーさもあって、一気にトップアーティストに駆け上がりました。

ですが、デビュー間もなく人気アーティストになった反動からか、3rdアルバム「加爾基 精液 栗ノ花」の頃には音楽へのモチベーションが著しく低下してしまいます

バンド東京事変は、そんな椎名林檎さんが音楽活動を続ける為に、それまでバックバンドだったメンバーで結成されました。

音楽シーン注目のなか、2004年9月のデビューシングル「群青日和」がオリコンチャート2位を記録。

その後リリースしたシングル、アルバム、ミニアルバム全てがオリコンチャートでトップ10にランクインし、シングル1作とアルバム2作が1位を獲得するヒットを連発します。

常に刺激的な音楽を聴かせてくれていた東京事変でしたが、椎名林檎さんのモチベーション維持の為に結成されたという役割を果たした後、2012年2月29日にツアーファイナルの武道館公演をもって多くのファンに惜しまれながら解散しました。

ただ、解散後にリリースされた新曲「ただならぬ関係」のMVにメンバー全員が登場し、良好な関係が続いていることをファンに告げるあたりが東京事変らしさ。

そして、閏年に合わせるかのように、2016年に椎名林檎さんがNHK紅白歌合戦に出演した際のバックバンドが東京事変のメンバーという嬉しいサプライズを経て、さらに4年後の2020年1月1日に新曲「選ばれざる国民」の配信リリースと全国ツアーの発表を行い再生(再結成)しています

THE YELLOW MONKEY

The Rolling StonesのKeith Richardsさんに「すごい名前だ。絶対忘れない。」と言わしめた、アジア人の蔑称がバンド名のTHE YELLOW MONKEY

1990年代の邦ロックを代表するメジャーバンドとして、大型フェスやテレビ番組などでグラマラスなロックを聴かせてくれていました。

『ルックスが良くて高身長』をコンセプトに、メンバー4人がおよそ175㎝以上で細身、そして長髪でセクシャルさを前面に押し出すという、まさにロックスター然しているバンドです。

桑田佳祐さんや草野マサムネさん、AerosmithのSteven Tyler、KISSなど数々の大物アーティスト達に称賛され、椎名林檎さん、氣志團の綾小路翔さんなど影響を受けたことを公言しているアーティストも多数。

芸能人からもモテて、ヴォーカルの吉井和哉さんは真鍋かおりさんと、ドラムの菊地英二さんは元秋田放送のアナウンサーで現タレントの太田真希さんと結婚しています。

THE YELLOW MONKEYは1988年に結成。

1992年に1stシングル「Romantist Taste」でメジャーデビューした後は、「追憶のマーメイド」「太陽が燃えている」「JAM」「楽園」「SPARK」「BURN」などヒット曲を連発し、シングルとアルバムの計4作でオリコンチャート1位を獲得

日本武道館での単独公演や、イギリス・ロンドンでのレコーディングも行いました。

ですが、成功によりバンドイメージに縛られることをメンバーは窮屈に感じ始め、年齢を重ねて家族を持つようになり、自分がやりたい音楽を追求したいと思うようになったことなどから、2001年1月8日に活動休止し、以降はそれぞれが別々に活動し、2004年の七夕の日(7月7日)に解散しました

再結成に向けて動き出したのは、解散から9年後の2013年

ロンドンで七夕の日に開催されたThe Rolling Stones結成50周年ライブを観て感動した吉井和哉さんが、ライブ鑑賞後すぐメンバー全員に「もう一度僕とバンドやってください」とメールを送信したことがきっかけです。

そして、2016年1月8日に再結成と全国アリーナ・ツアー「THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016」が発表されました。

以降は、SUMMER SONICなどフェスにも出演し、NHK紅白歌合戦にも初出演、リリースしたシングルとアルバムがオリコンチャートのトップ3に入るなど、完全復活しています

Hi-STANDARD

大々的なプロモーションや、テレビ・CMのタイアップもなく、地道なライブ活動でミリオンセラーを達成した驚異のバンドHi-STANDARD。

厳密には解散はしていませんが、ほぼ解散状態だった11年のブランクを経て再結成しました

Hi-STANDARDは、1stアルバム「GROWING UP」と2ndアルバム「ANGRY FIST」こそメジャーレーベルからリリースしましたが、作品のほとんどはギターの横山健さんが主宰するインディーズレーベルPIZZA OF DEATH RECORDSからリリースしています

1991年に結成し、東京・高円寺のライブハウス20000Vで初ライブ。

抜群に聴きやすいメロディアスなパンクや熱気溢れるライブで熱狂的なファンを増やし続け、名曲「STAY GOLD」を収録した1999年6月リリースの4thアルバム「MAKING THE ROAD」で、国内外合わせて100万枚を超えるセールスを記録しました

Hi-STANDARDが主催するロックフェスティバル「AIR JAM」は、1997年に初開催しています。

第2回の1998年には、2ステージ制にして16バンドが出演するなど規模を大幅に拡大し約3万人を動員。

ですが、人気バンドになったが故の弊害やレーベルの責任者でもある横山健さんへの負担も大きくなり、横山健さんとヴォーカル難波章浩さんの関係がバンドを続けるのが困難なほど悪化してしまったそうです。

そして、2000年8月26日日の「AIR JAM 2000」でのライブを最後にHi-STANDARDは活動を休止

その後も横山健さんと難波章浩さんがお互いにディスり合うなど、ファンに再結成を熱望されながらもHi-STANDARDは10年以上沈黙したままでしたが、2011年の東日本大震災をきっかけに再び活動を始めました

Hi-STANDARDのメンバーは、震災後のつらい日々を送っている多くのファンの為にと、2011年9月18日に横浜スタジアムでの「AIR JAM 2011」開催を発表し活動を再開

「AIR JAM 2011」後はいくつかのイベントに出演していた程度で、活動が本格化したのは2016年10月に16年ぶりにリリースした新曲「Another Starting Line」からです

2017年10月には18年ぶりのフルアルバム「THE GIFT」もリリースし、2018年11月にドキュメンタリー映画「SOUNDS LIKE SHIT : the story of Hi-STANDARD」を公開。

「THE GIFT」に伴う全国ツアーも行われ、今では完全復活しています。

スケボーキング(SKB)

Dragon Ashの台頭もあり、1990年代後半から2000年代前半にヒットチャートの常連だったミクスチャー・ロック。

ミクスチャー・ロックバンドのスケボーキングは、ブレイク後のDragon Ashが1999年に開催した音楽イベントTMC(Total Music Communication)に出演して注目されました。

この頃はハードなオルタナティヴ・ロックのサウンドにラップを乗せるものでしたが、スケボーキングはヒップホップやブレイクビーツ、テクノやハウスなどソースを限定しません。

スケボーキングの由来は簡潔で、メンバーが毎日スケボーをしていたからとか。

2000年7月リリースのTMC ALLSTARS名義のシングル「TMC Graffiti」にも参加し、Dragon Ashとのコラボシリーズ「EPISODEシリーズ」はスケボーキング解散直前まで6作を発表。

MEMO

Dragon Ashとの接点は、Dragon Ashのベースだった馬場育三さん(2012年に逝去)と、スケボーキングの元メンバーHAKUCHOさんが仲良しだったことから。SHIGEOさんとKjさんが友人関係になり、TMCやEPISODEシリーズに繋がっていきました。

ギター・ヴォーカルSHIGEOさんは、Dragon AshのKjさんとBOTSさん、RIP SLYMEのILMARIさんとのユニットSteady&Co.のメンバーも兼ねていました。

結成は1995年、そして2000年にインディーズ時代の楽曲のベストアルバム「スケボーキング SUPER BESTアルバム」をリリースしメジャーデビューしました。

小田和正さんの大ヒット曲「ラブ・ストーリーは突然に」をサンプリングした「TOKIO LV」がオリコンチャート10位のヒットを記録、少年隊の「ABC」をサンプリングしたシングル「a Day in Our Life」を嵐に楽曲提供もしています。

ファッション誌に載るほどオシャレでイケメンのSHIGEOさんのルックスや抜群のユーモアで人気でしたが、チャートからミクスチャー・ロックバンドが消えていくにつれて、スケボーキングも2004年から4年間活動を休止

2008年に一度活動再開しましたが、メンバーそれぞれが自身の活動を優先するようになっていた為に、2010年6月25日にSHIBUYA-AXで行われた10周年記念ライブ「EPISODES」でスケボーキングは解散しました。

そして約10年が経過した2020年2月に、「今また、ユーモアが機能するか試してみたい。2010年解散時とまた同じメンバーで復活します。」といったコメントと共に各SNSにスケボーキング公式アカウントの開設と音源制作を再開したことなどを発表し、再結成しています

再結成したバンドまとめ

バンドがメジャーになるにつれてイメージが固定されてしまうことは避けられないので、メンバー全員が何年も同じ音楽性やモチベーションを保ち続けるのは困難を極めます。

音楽のなかでも特に自由で刺激的な、そして新しい表現が求められるロック系のバンドであれば尚更です。

どうしてもメンバーが納得できるポテンシャルをバンドが保てなくなっていたら、一旦解散や活動休止し身も心もフラットにして、数年後に再結成するということは、寂しさはありつつもファンなら理解できるのではないでしょうか。

今回は再結成したバンドをご紹介しました。

パート2は、現在は活動していませんが再結成を熱望されているバンド特集です。

あわせて読みたい!

この記事をシェアをしよう!

この記事を書いた人

この記事に関連するタグ

関連記事

新着記事