2010年代に流行った、話題になった、または2010年代を象徴する邦ロックの曲と聞いて、皆さんはどんな曲を思い浮かべますか?
クラスの誰でも知っていたあの曲、好きなドラマ主題歌になっていたあの曲、フェスで大盛り上がりしたあの曲、受験や就活の時に背中を押してもらったあの曲……と、人によってさまざまなエピソードとともに思い出す曲があることでしょう。
この約10年間、邦ロックを巡る環境は大きく変化してきました。
ボカロ曲と邦ロックとの間の垣根が低くなったり、いわゆる「ロキノン系」と呼ばれるようなライブで活躍していたバンドが地上波の番組に当たり前のように出演し始めたり、一方で音楽フェスが従来の音楽ファン以外の人々にも広がっていったり、サブスクリプションが台頭したり……こうした変化の中で、邦ロックの楽曲やミュージシャンもまた変わってきたように思われます。
今回は、2010年代の前半、半ば、後半のそれぞれで、邦ロックにおいて重要な位置づけの曲や話題を呼んだ曲をピックアップしてご紹介します。
もちろん、ここで挙げる曲以外にも重要な曲、注目すべき曲は多くありますが、今回は勝手ながら筆者の独断により、時代の変化を象徴・反映したと思われるものを選びたいと思います。
邦ロックの変遷を通して2010年代を振り返ってみましょう。
目次
2010年代前半:邦ロックの転換点・マイノリティとマジョリティの架橋の始まり~サカナクション「ミュージック」(2013)~
初めに取り上げるのはサカナクションの「ミュージック」です。
「ミュージック」はサカナクションの8th シングルとして2013年1月23日にリリース。テレビドラマ「dinner」の主題歌に起用されました。また、6th アルバム「sakanaction」(2013年3月13日リリース)、ベストアルバム「魚図鑑」(2018年3月28日リリース)にも収録されています。
この曲はいわゆるヒット曲・流行歌という言葉で括られる曲――誰でも知っている、誰でも口ずさめるような曲――とは異なるかもしれません。
ではなぜこの曲を取り上げるのか。それはサカナクションが2013年に紅白歌合戦で披露したのがこの「ミュージック」だったこと、そしてこれを皮切りに、ライブやフェスで活躍してきたバンドがお茶の間でも広く知られるようになっていったことが、2010年代邦ロックのひとつの転換点になったと言えるからです。
これ以降、BUMP OF CHICKENやRADWIMPSなど、音楽ファンの間で高い人気を誇っていながら従来あまりテレビ(特に地上波の番組)には出演してこなかったバンドも、ミュージックステーションや紅白歌合戦など、いわゆるメジャーな音楽番組への出演が増えていきました。
今や、フェスやライブで活躍するバンドが、普段あまり音楽を聴かない人にもテレビ番組を通じて浸透していく例は数多く見られるようになっています。
サカナクションがこの「ミュージック」を携えて、いわゆる大衆的な音楽番組に切り込んでいったというのは、その先駆けとして重要な意味を持つものだったといえるでしょう。
2000年代以降、CDの売上不振や、ヒット曲と呼べる曲の減少など、邦ロックに限らず音楽業界にとって厳しい状況となっていました。2010年代になると、YouTubeやソーシャルメディアの登場、音楽フェスへの注目、さらに2010年代後半にはストリーミングサービスの台頭などもあり、邦ロックを巡る環境は大きく変わっていきますが、2013年頃はまだその過渡期にあたるような時期だったのではないでしょうか。
その中で、サカナクションの活動は、言ってみれば限られたコミュニティの中に留まっていた音楽をその外に向けて鳴らす試み、サカナクションのよく用いる言葉を使うなら「マイノリティ」と「マジョリティ」とを架橋する試みでした。
その試みは、コロナ禍において配信ライブなどを通じて新しい表現に挑戦している今も続いているものです。
「アイデンティティ」や「新宝島」、「多分、風。」、「陽炎」、「モス」のようにライブで盛り上がれる、マジョリティから求められる曲(それでも歌詞ではマイノリティのことを歌ってもいるのが面白いところでもあります)がある一方で、「目が明く藍色」や「グッドバイ」、「ナイロンの糸」、「茶柱」のような、内省的でありつつアレンジや構成には挑戦的な部分を持った曲もある。その両面を提示して、マイノリティとマジョリティの間を行き来しながら新しい音楽を生み出していくのがサカナクションの魅力となっています。
さらに、「ミュージック」という楽曲それ自体が、サカナクションの多面性を表すものでもあります。
「『東京でやってやるぜ!』という気持ちを込めていた時の北海道の景色を歌った曲」(アルバム「魚図鑑」ブックレットより)だという「ミュージック」。歌詞においてはサカナクションのルーツにあたる北海道から、現在の彼らが音楽を鳴らす東京へ出てきて、悩み揺れ動きながら歌い続ける姿が読み取れます。
また、アレンジ面では、大サビに入るまでの打込みによる演奏から生のバンド演奏に切り替わる構成など、クラブミュージックとロックミュージックを融合させる工夫がなされています。
この点でも「ミュージック」という曲はサカナクションの持つ多面性、マイノリティとマジョリティの架橋といった特徴を持つ象徴的な楽曲のひとつであり、それが2013年の終わりに「お茶の間」に向けて広く発信されたということは、2010年代の邦ロック全体から見ても、非常に大きな転換点だったと言えるのです。
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2010年代半ば:新しい共通言語としてのポップソング~星野源「SUN」(2015)と「恋」(2016)~
2010年代半ばの曲として、1人のミュージシャンから2曲取り上げたいと思います。
星野源「SUN」、そして「恋」の2曲です。
星野源といえば、今や「こんばんはー! 星野源でーす!」という挨拶もすっかりお馴染みのものとなっている国民的ミュージシャン。
ご自身のルーツになっているという細野晴臣やハナ肇とクレイジーキャッツの音楽も継承しながら、一方で同じように好きだったというマイケル・ジャクソンの音楽、ブラックミュージック、ダンスミュージックの要素と融合させたり、弾き語りとバンド音楽、打込みといった様々なスタイルを組み合わせたりしながら、日本のみならず海外でも評価される作品を生み出しています。
星野源は、インストゥルメンタルバンド「SAKEROCK」での活動を経て2010年にソロデビュー。
1st アルバム「ばかのうた」には、朗らかなようでいて少し毒や陰を含んでいたり、遊び心に溢れていたりする楽曲群が収録されています。
2012年に病に倒れながらも見事に復帰し、音楽活動にも俳優業にも邁進。その中で、彼の人気を特に決定づけたのが今回取り上げる2曲「SUN」と「恋」だったと言えるのではないでしょうか。
そしてこの2曲は、2010年代の邦ロックにとって、新しい共通言語としてのポップソングとなるものだったと位置づけることができます。
「SUN」は2015年5月27日にシングルとしてリリースされ、その後アルバム「YELLOW DANCER」にも収録。2015年の紅白歌合戦に星野源が初出場した際に披露した曲でもあります。
マイケル・ジャクソンへの敬愛が込められた「太陽」のように明るくあたたかい歌詞とダンサブルな曲調、その中に日本の歌謡曲やポップソングを思わせるような要素も滲むこの曲は、ジャンルを超え、世代を超え、国や時代を超えて広がりうるような1曲となっていると言えるのではないでしょうか。
そして「YELLOW DANCER」から約1年後、2016年10月5日にリリースされた「恋」は、主題歌となっていたドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」のヒット、そのエンディングで出演者が踊る「恋ダンス」とあわせて驚異的な流行を見せました。
ヒット曲のダンスが流行ること自体は珍しいことではありませんが、注目すべきは、「恋」がアイドルやダンスユニットの曲ではなく、ごく普通の(という表現は語弊があるかもしれませんが)歌ものの曲であり、ポップソングだったことです。
「恋」が主題歌となったドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」は、現代を生きる人々の持っている悩み、大小さまざまの生きづらさ、それを超えるための工夫やアイデア、新しい家族のあり方――などを、コミカルかつポップな空気をまといつつ描いているドラマでした。
「恋」はそんなドラマのエンディングを飾るにふさわしく、この時代における大切な人との関係のあり方を描き出す歌でもあります。
そういう歌が、ダンサブルで陽気な音楽に乗せて、誰でも真似してみたくなるようなダンスと共に流行したというのは、2010年代半ばの象徴的なできごとだったように思われます。
そして「恋」は、2015年の「SUN」以上に、世代や性別を問わず広く愛され、誰でも口ずさむことができて、それを通じて何かを共有できるような共通言語としてのポップソングになったと言えるでしょう。
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2010年代後半:「聴かせる音楽」の拡散と開花~King Gnu「白日」とOfficial髭男dism「Pretender」(2019)~
2010年代の邦ロックについて語る上で、やはり最後の1年にして爆発的な人気を獲得していった2組のバンドを外すことはできないのではないでしょうか。
それはKing GnuとOfficial髭男dism。
2010年代後半の重要曲としては、この2組からそれぞれ1曲ずつ取り上げます。
King Gnuのインパクト
King Gnuは、現在ギター・ボーカルを務める常田大希が2015年に開始したSrv.Vinciを前身とし、メンバーチェンジを経て2017年から現在の名称で活動している4人組バンドです。
現メンバーは常田大希(Gt. Vo)、勢喜遊(Drs.Sampler)、新井和輝(Ba.)、井口理(Vo.Key)の4人。演奏、楽曲ともに高く評価されています。
そのKing Gnuが一気に知名度を高めた楽曲が先ほど紹介した「白日」です。
「白日」は2019年2月22日に配信リリース。ドラマ「イノセンス 冤罪弁護士」の主題歌として書き下ろされ、King Gnuにとっては初のドラマ主題歌でした。
ボーカルを務める井口理のファルセットによるアカペラから始まり、クラブミュージックのようなグルーヴ感を持ちながらも、どこか切なく哀愁の漂うメロディが紡がれていく構成。一度聴いただけでも耳に残ります。
YouTubeでのMV再生回数は、公開から約9か月半後の2019年12月に1億回を突破。さらに、ストリーミングでの再生回数は2021年4月時点で4億回に達しています。
「サブスク」という略語が浸透し、サブスクリプション(定期購入)によってストリーミングで音楽を楽しむということが2010年代の後半には一般的になりました。
リスナーにとっては手軽に世界中の曲にアクセスできるようになったという面もありますが、その中でこれだけ再生回数を獲得できる曲というのは稀でしょう。
ある意味、商業的な観点では「CDを買ってもらえる」よりも「聴いてもらえる」という方向に、ミュージシャン側がシフトしていく時代になっています。
その中でKing Gnuの「白日」は、歌い始めの澄んだ高音でぐっと聴き手を惹きつけ、それに続く演奏、歌、ラップもまた聴きごたえがありながらも耳に馴染みやすいものであり、強いインパクトを残す楽曲だったといえるのではないでしょうか。
そうした点から見て、King Gnu「白日」のブレイクは、2010年代最後の年を象徴するできごとでした。
また、彼らのように、音楽的にはかなり高度なことをしていても、それを難解と思わせることなく広く人気を得るミュージシャンが増えてきたのも2010年代後半の特徴だといえるかもしれません。
そこで、もう1組注目したいのがOfficial髭男dismです。
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Official髭男dismの開花
Official髭男dismは2012年結成の4人組バンド。2018年4月にシングル「ノーダウト」でメジャーデビューしました。
「Pretender」は2019年5月15日リリースの2nd シングル。こちらもストリーミングサービスでの再生回数を見るとその広がりが顕著です。2021年5月にはストリーミング累計再生回数5億回を突破したと発表されています。
「Pretender」は、歌詞の内容としてはラブソングで、ちょっと聴くと切なくもストレートな曲という印象を受けますが、それでいて聴き込んでいくと歌詞にもアレンジにも捻りの効いたところがあると気づかされます。
耳馴染みのよさという点ではポップでありつつ、聴き込んでいくと緻密で高度というのはKing Gnuにも通じる部分があります。
聴き手をぐっと惹きつけるインパクトと、何度も聴きたいと思わせるような重層性を持った楽曲。この「Pretender」によって、Official髭男dismの音楽的な可能性が花開いたともいえるでしょう。
それと同時に、彼らのようなバンドの音楽がここまでの広がりを見せたことは、邦ロック全体にとってもこの10年間の歩みが開花したことを意味するものではないでしょうか。
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おわりに
2010年代をこうして振り返ると、邦ロックを取り巻く環境も、邦ロックのミュージシャンや楽曲それ自体も大きく変わってきています。
ストリーミングサービスが広がり、音楽の楽しみ方はどんどん多様化してきました。
そして2020年代に入ってからは、コロナ禍などの影響もあり、ミュージシャンとリスナーの関わり方、ミュージシャンによる音楽の届け方、リスナーによる音楽の楽しみ方は、既にどんどん変わり始めています。
そんな中で、音楽を通してその年代がどういう時代なのかを見てみることで、新しい聴き方を見つけられるかもしれませんね。
この記事がそのきっかけとなれば幸いです。